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ラストシュート(ショートショート)



 試合開始一分前。俺は乾いた喉を水で潤して、この緊張感を落ち着かせる。このサッカークラブの監督になって三年。弱小だったチームをようやく優勝争いできるレベルまで持っていくことができた。そしてこの試合に勝てば、念願の初優勝が決まる。

「頑張れよ、お前たち」
 
 俺は選手たちにエールを送る。やがて選手たちはピッチで円陣を組み、みんなで気合いを入れる。
 
 ピッチ上に立つ選手たちを見て、俺はここまで積み上げてきた努力を思い出す。寝る時間も削って考えた戦略。相手選手の情報を入念に調べ上げ、様々なパターンに対応できるチームに仕立て上げたのだ。
 
 そしていよいよ笛が鳴り、相手ボールから試合が開始される。相手選手が自陣にパスをして、一気にスタジアムから歓声が沸き起こる。
 
 前半。俺のチームは『4−4−2』のフォーメーションを形成し、低く構えて様子を伺う。いわゆるカウンター戦法だ。一方、相手は『3-4-3』と攻撃的なフォーメーションでゴールを脅かしてくる。これは予想通りだった。
 
 前半十四分。俺のチームのエースであるマルクが、カウンターから一気に攻め上がって左サイドへ展開する。待っていたロナウドが一気にドリブルで仕掛けて、中央を目掛けてクロスをする。しかし、ペナルティエリア内で構えていたマルクにはボールが渡らず、相手ディフェンダーが弾き返した。
 
 ただ、こぼれ球は俺のチームの司令塔、中田がしっかりと拾い、今度は右サイドへ展開する。俊足が売りの若手アタッカー、ダルミアンが相手ディフェンダーを置き去りにして、もう一度クロスを放つ。キーパーから離れた位置にボールの軌道は流れ、ここで一瞬相手ディフェンダーがボールを見失った。
 
 そして、ペナルティエリア内でボールを受け取ったのは、マルクの相棒であるダモッティだった。普段はその身長の高さと体の強さを活かし、ターゲットになってマルクへボールを渡すことが多いが、今日の彼はストライカーとして輝きを見せてくれた。胸トラップをして放ったシュートがゴールネットを突き刺したのだ。
「よっしゃ!」
 
 俺は思わず持っていたものを手から離して喜ぶ。

「よし、二点目だ。二点目を取ろう!」
 
 しかし俺の声も虚しく、その後はなかなか攻めあぐねる展開が続く。相手のチームもディフェンスを引き締めているのか、ペナルティエリアまでボールを運べない。ロングシュートは精度を欠くばかりで決め手にならない。俺のカウンター戦法が読み取られてしまったようだ。
 
 後半。俺は一気に三人の選手を変えて試合に臨んだが、それでも両者点を取れない展開が続いた。
 
 しかし後半二十八分。ついに試合は動く。相手のコーナーキックから、二メートル越えの大型選手であるトリスが豪快なヘディングで俺たちのゴールネットを揺らしてしまったのだ。

「嘘だろ!」

 このまま守り切ろうと思った矢先、俺たちのチームは同点にされてしまったのだ。

「切り替えよう」
 
 俺はフォーメーションを『4-3-3』に変更した。サイドから一気に駆け上がり、クロスなどで中央へボールを集める作戦だ。
 
 しかし右サイドにいたダルミアンは、疲弊しているのかスピードが落ちてキレがない。すぐに相手にボールを奪取され、カウンターを喰らってしまう。攻撃の肝として九十分使えると計算していたが、思ったよりも体力の消耗が激しかったようだ。

「でも、交代枠はもうないよな」
 
 一応確認したが、やはり交代枠はない。つまり、このメンバーで戦うしかないわけだ。

「しょうがない。左を使おう」
 
 俺は左へとボールを流すよう誘導した。左サイドには、後半から入ったスピードスター、ベルモンドがいるのだ。ボールをベルモンドに回し、彼が一気にゲームを展開していく。相手ディフェンダーも彼のスピードに苦労しているようで、何度かチャンスが生まれた。
 
 そして、後半アディショナルタイム。ペナルティエリアより少し手前でベルモンドが倒され、俺たちのチームがフリーキックを手に入れた。距離として二十二メートル。十分に狙える位置だった。
 
 キッカーは俺のチームの司令塔である、中田だ。彼はフリーキックの名手で、過去に何本もゴールを決めている実績があった。

「頼むぞ。よしいけ!」
 
 中田が蹴った無回転シュートは、相手ゴールキーパーが動くこともできずゴールの隅へと沈んでいった。

「決まった、決まったぞ!」
 
 よっしゃあ! と俺は思わず雄叫びをあげる。ついに勝ち越したのだ。嬉しさのあまり、その場で何度も地面を叩きつけた。
 
 そして、すぐに終了の笛が鳴り、俺たちのチームは見事優勝を決めた。

「やったー!」
 
 選手やスタッフが一斉に集まり、優勝の嬉しさを分かち合っている。
 
 俺も一人コントローラーを置いて、画面越しに映っている選手たちと、選手たちを操作してきた自分を称えた。
 

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