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ドッヂボールで逃げ回る天才(短編小説)

 ボール、来る。運動神経抜群の男子から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

 ボール、来る。運動神経抜群の女子から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

 ボール、来る。バスケットボール大会で優秀な成績を収めた男から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

 ボール、来る。退屈な青春を置き去りにして、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

「逃げるなよ!」 ヤジが飛ぶ。僕はそれを避ける。

「永遠に終わらないぞ!」 シワが寄った大人の声。僕はそれを避ける。

 ボール、来る。就活に成功したラグビー部主将から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

 ボール、来る。営業成績トップで六本木でバーを開く夢を持つ青年から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

「いつまで続けるんだよ?」 僕はそれを避ける。

「もう、帰ろうぜ」 人は減っていく。だけど僕はボールを避け続ける。

 ボール、来る。交通事故で亡くなった友人から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

 ボール、来る。結婚して子供ができ、浦安に引っ越した家族から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

 ボール、来る。工場勤務で夜勤明けにみんなでビールを飲む軍団から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

「あれ、もう夜だ。晩ご飯冷めちゃうよ」 僕はそれを避ける。

「へえ、あいつもう三人目の子供できたんだ」 僕はそれを避ける。

 ボール、来る。年金を払う課長から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

 ボール、来る。孫が生まれた還暦から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

 ボール、来る。老後は何をしようか迷っている人から、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

 ボール、来る。腰の曲がったおばあちゃんから、ボールが放出される。僕はそれを避ける。

「ああ、良い人生だった」 満足げなおじいさん。僕はそれを避ける。

「あの世は素敵な場所かね」 僕は何もかも避けた。

 ボール、来る。かつて運動神経抜群だった男子が、ボールを投げる。それがすぐに地面に沈み、コロコロと僕の目の前に転がってくる。僕はそれを避けず、手に取る。

 ボール、来ない。気がつけば、体育館には誰もいない。僕一人がコートの中でボールを持っている。

 ボール、投げる。僕は逃げ回ることで精一杯だった。やっと、やっと僕もボールを投げられる。

 ボールは誰もいない相手陣地へ転がり、僕は倒れる。僕はこれ以上、避け続けない。


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