あるハプニング 『ふうふう』
これは僕が五歳の頃に経験した、ある『ハプニング』です。しかし、記憶が曖昧な部分は一部補正しています。あらかじめご了承ください。
「ゆうきくん、けっこんしよ!」
たくさんの園児が外で遊んでいる中で、僕は校舎内の部屋の中で三角形の積木をかじっていました。昔は何かをかじっていないといられなかった僕は、あらゆるものをかじっていました。
そんな僕を、他の園児たちは避けていた(妖怪にでも見えていたのかもしれませんね)のですが、一人だけ、僕の側にいてくれる女の子がいました。エミちゃんという名前の彼女は、他の園児と遊ぶことはせず、なぜか僕の側にいて、僕のお世話をしてくれる子でした。きっと母性本能が強い子だったのかもしれません。もしくは、僕にぞっこんだったのか。
ある日突然、彼女は僕に結婚を申し出てきました。
「けっこん」
ただ、当時の僕はその言葉をよく知りませんでした。だから何を言われているのかすら、よくわかりませんでした。
「そうだよ。わたしたち、『ふうふ』になるの」
「ふうふう?」
僕は熱いものを食べるときに言う「ふうふう」かなあ、くらいにしか思いませんでした。しかし、「ふうふう」が特別嫌いだったわけでもないから、僕は意味もわからないまま「いいよ」と言いました。
「やった! これでわたしもおよめさんになれる!」
「およめさん?」
「ゆうきくんのそばにいられるってこと。じゃあ、ここにおやゆびをつけて」
「うん」
それはおばあちゃんが吐いた血の色にそっくりで、僕は一瞬躊躇しましたが、恐る恐る触ってみると、ひんやりと冷たくて、フニフニしていて、気持ちの良いものでした。
「それを、ここにおして」
「うん」
僕は親指を一枚の紙に押しました。紙には小さくて赤い指紋が残り、なんだか物珍しいものを見た気分になりました。
「これ、わたしがかいた、けっこんしょうめいしょなの。すごいでしょ」
「けっこんしょうめいしょ」
「そうだよ。これで、わたしとゆうきくんはふうふってこと。じゃあ、けっこんしきをしよう! えーと、なんだっけなあ。まあいいか」
そう言って、エミちゃんは一方的に僕の唇にキスをしました。
「しんぷってひとが、なにかおはなししてからキスをするんだけど、わすれちゃったからキスだけしたの」
「しんぷ」
「けっこんしきをしてくれるひとだよ。はい、けっこんしきおしまい! ほんとはケーキをきったりするけど、ないからそれはまたこんどね。じゃあ、わたしたちはふうふだから、やくそくごとをしましょう!」
とエミちゃんは言って、「けっこんしょうめいしょ」の裏にいくつかの約束を記していきました。
「まず、ほかのひととキスしないこと。あとは、まいしゅうふたりでデートをすること」
「デート」
「いっしょにおでかけしたりすることだよ。あとは……。ゆうきくん、なにかある?」
「つみき」
「わかった。じゃあ、つみきをいっしょにすること。これにしよう。よし、このかみはわたしがもっているね。ゆうきくん、だいすきだよ」
そう言って、エミちゃんは僕に抱きつきました。だけど、幼い僕はもちろん興奮なんかまるでせず、ただエミちゃんの温もりを感じるだけでした。
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