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カイロ大学の思い出

こいけゆりえは世の中に飽きていた。具体的には世の中の男に飽きていた。お店にやって来るのはいつも同じような男ばかりだ。同じような話を聞かされ同じような口説き方で口説かれる。そのうち見た目も同じに見えるようになってきた。代替可能。「あなたの存在はあなたじゃなくてもいいのよ」って言ってやりたくなった。

特にこいけゆりえの機嫌を損ねたのは、「美人だね」という言葉だった。もう何億回も聞いた言葉だ。美人に対して「美人だね」って言う人の神経が理解できなかった。それは人間に対して「人間だね」って言うのと同じだ。その場合は「はい、人間です」って言えばいいけど「はい、美人です」って言えば嫌な奴に思われる。だから「そんなことないですよ」って毎回言うのだがそのやり取りに辟易していた。

こいけゆりえの周りには普通の男に飽きてホストクラブに通っている子がたくさんいた。でもこいけゆりえはその子たちと同じにはなりたくなかった。それだと普通の男がホストクラブに導いていることになるし、それで散財するような負のループには入りたくなかった。それよりはホストクラブに依存してしまうのは普通の男に原因があるから、それを問題と捉えてどうにかしないといけないと考えていた。普通の男を減らそうと考えていた。そのためには普通の男を求める女を減らさないといけないと考えていた。こいけゆりえは正義感の強い女だった。この奇矯な思想が受け入れられるかどうかは別として。

こいけゆりえはお店をやめた。こいけゆりえの普通の男に対する嫌悪感は思わぬ考えをもたらした。こいけゆりえは世界で一番過酷な大学と言われている「カイロ大学」に留学することを決意した。

すぐに留学する方法を調べて書類を用意した。こいけゆりえは直接カイロ大学に行って書類を手渡して大学に入れてもらおうと考えた。ネットに書いてあることが信用できなかったのだ。

こいけゆりえは日本を飛び立った。空港に到着後すぐにカイロ大学へと向かった。大学の事務室に入って事務員に書類を渡そうとした。

「こいけゆりえだけどカイロ大学に留学したいの。」
事務員は女性だった。恰幅がよく黒縁のメガネをかけていた。彼女はとてもめんどくさそうな顔をしていた。
「無理よ。正規の手続きを踏んでいらっしゃい。」
こいけゆりえは諦めなかった。こうなることも想定済みだった。こいけゆりえは何度も事務員に懇願した。しかし何度懇願しても断られるだけだった。

こいけゆりえは時間を空けて懇願することにした。一旦カイロ大学周辺のモスクで休憩することにした。モスクではお祈りしている人もいれば、昼寝している人もいた。家が無くてモスクを家代わりにしている人もいた。こいけゆりえもモスクで昼寝した。30分ほど昼寝した後に大学に行く。懇願するが断られるのでまたモスクに戻る。そして昼寝する。そして懇願する。断られる。昼寝する。そうして懇願と昼寝を繰り返す日々が二週間以上続いた。

ついに事務員の心が折れた。彼女は「まあ書類を大学に渡してあげられないこともないわよ。私の力でね」と言った。事務員は仕事を増やされて困るとも言った。しかしこいけゆりえの熱意はしっかりと伝わっていた。「書類を渡したからといって留学できると決まったわけではないからね。」

もちろんこいけゆりえの留学は認められた。こうなることも分かっていた。こいけゆりえの目標は「カイロ大学を主席で卒業すること」だった。

こいけゆりえは真面目に勉強した。モスクから大学の寮に引っ越して友達もできた。大学の周辺はあまり治安がよくなかった。学生のデモも頻繁に行われていた。こいけゆりえもデモに積極的に参加した。最前線で参加した。警官隊にしばかれそうになったことも何度かあった。それでもこいけゆりえはデモに参加し続けた。大学内でのこいけゆりえの存在感は高まっていった。

こいけゆりえは成績もずば抜けていた。こいけゆりえは「プロテスタンティズムはプロテスタント以外にも、あらゆる地域にも見ることができる」といった内容の論文を書いて世界中から絶賛された。誰もがこいけゆりえが一番だと思っていた。しかし順風満帆に見えたこいけゆりえのキャンパスライフはこいけゆりえの思いつきで終わりの時を迎えた。こいけゆりえは「日本に帰る時がきた」と言った。こいけゆりえの中ではもう「カイロ大学を主席で卒業する」という目標は達成されていた。

こいけゆりえは退学届を出してすぐに日本に向かった。

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