言語学習歴の振り返り

最近「仕事で韓国語を使うかも」という理由で韓国語の勉強を始めた。

まずはハングルを読めるようにならなければ、という理由でハングルの練習ノートを買った。

日本語話者にわかりやすいようにと、あいうえおの形式で紹介してくれている点は大変ありがたかったが、単語を学ぶにつれてやはり日本語の母音では表記できない箇所について苦しむ点も多く感じている。

現在はキクタンの入門編、初中級編を読みながら、もっぱらDuolingoでの学習がメインとなっている。

Duolingoは大変学習しやすいアプリ/Webサービスなのだが、日本語話者向けのコースより、英語話者向けのコースの方が機能が充実しているのが難点と感じている。

一応は仕事でも英語を使わない日はないマルチリンガルとして生活しているので、Duolingoの韓国語コースも、日英両方を試している。

韓国語の単語には漢語が由来となっているものが数多く存在するので、

日本語ネイティブとしては日本語コースで学習する方が圧倒的に既存知識との紐付けが容易であるが、ハングルの学習機能、発音の類似性では英語コースに軍配が上がると言ったところか。

話は冒頭の「仕事で使うかも」に戻るが、これまでの言語学習歴を振り返ってみると、必要に駆られてという理由でしか学習してこなかったように思える。

「受験で使うから」英語を勉強し始め、

「グローバルで働きたいから」使用者の多いスペイン語を勉強し始め、

「留学先がイタリアだから」イタリア語を勉強し始め、

「仕事で使うから」フランス語、韓国語を勉強している。

実際仕事でスペイン語を使う機会がなかったが、学生の時分は本気でそう考えていたのだ。

SNS/Youtubeなどを見ていると、「〇〇国の文化に興味を持って」という理由でイキイキと学習している人が多く、韓国語も多分に漏れず、K-POP、韓流ドラマ、韓国料理、コスメなど、文化面で惹き込む要素が多く見られる。

スペイン、フランス、イタリアも、文化/街並み/歴史など、我が国の観光客を引っ張りだこにしている国だ。

しかし、そんな文化的興味はまるでなく学習を始めた経験しかないのが、むしろレアなのでは?と思い始めている。

多少話は逸れるが、ITにまるで興味がないままSIerで丸5年働いているのも、近しいものを感じる。プログラミング「言語」も学習していることも含め。

そういったプログラミング言語も含めると、「日英伊西仏韓」+「SQL/ABAP/Java」と、なんちゃって9言語を解することになる。

ラテン語の接頭辞で言えばnon-lingualか。まるで何も話すことができないかのようだ。

どこかで聞いたジョークで「第二言語を学ぶ前は第一言語を使いこなしていたが、第二言語で生活するにつれ、どちらの言語も低いレベルでしか話せなくなってしまった」といった趣旨のものがあった。

実際留学から帰ってきた直後は、軽い症状ではあるが日本語の認知レベルが下がったような実感はあった。

例えば1つのテレビゲームをやり込みすぎると、以前やっていたゲームに戻るさいに操作がおぼつかなくなるようなものだ。

これは、2つのゲームが似ていれば似ているほど難しくなる。同じシリーズのゲームで、ナンバリングごとに操作が微妙に異なる場合など。

私が学習してきた言語で言えば、スペイン、イタリア語の行き来はひどく苦労した記憶がある。イタリア語の先生にはよく「それはスペイン語だ」と怒られていた。

アメリカ人/インド人/中国人と英語で会話する機会があったが「お前の英語はアメリカアクセントなのに(日本語の英語教育がアメリカ基準のためか)ラテンのニュアンスを感じる」と言われたことがある。ずいぶん長いこと海外には行っておらず英語を話す機会も減り、今では立派なEngrishになっているのだろうが。

話は言語学習のきっかけに戻るが、他国への興味がほぼないにも関わらず、これまで継続できているのは、「ツール」としての言語や、言語そのものの成り立ちに興味を持ったからだ。

プログラム言語との相性が良かった(と自分では勝手に思っている)のも、ツールとしてしか機能しないという、言語の本質的な部分に親和性があったからではないかと思うようになった。

夏頃から韓国とのビジネスが始まる(らしい)ので、それまでに初級レベルの会話はできるようになっておきたいものだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?