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ブランシェと小さな映画館

優しい気持ちを綴りたくて、
朝方、陽の昇る前に書きました。

起承転結のある短編小説ではなく、
ただ暖かい朝陽が差し込むような、
そんな気持ちを込めて。

ご了承ください。


私はこの街に唯一ある小さな映画館の看板犬。

ある夏の日、
この映画館の前に捨てられていたらしい。
今は捨てられていて良かったと思ってる。

オーナーは優しく、
私のように白い髭をたくわえ、
まるで冬の聖なる夜を思わせる存在。

私はオーナーのそばにずっといたから、
とてもたくさんの映画も観てきた。
普通の犬は入れないが、「私だけは特別だ」と、
オーナーは撫でてくれる。

撫でてくれるのはオーナーだけではない。

ここはこの街唯一の映画館だから、
私が看板犬になるずっと前から来ている
常連のジョナやカール、
足繁くここに通う若い青年ダン、
その他にもたくさんの客が私のことを撫でてくれる。

ジョナとカールは老夫婦で、
オーナーとは古くからの知り合いなのだと、
これまで幾度となく交わされた会話で分かっていた。

ジョナは私を見てはいつもこう言いながら
全身を撫でてくれる。

「ブランシェが来てくれたから、ここも繁盛してるのよ。あなたのおかげ。きっとあなたは天使なのね。」

"天使"と言われるのは悪い気はしない。
看板犬と言われるよりも好きな響き。
だって教会ではいつも神や天使に向けて、
盛大にハッピーな歌が歌われているって、
ウーピーゴールドバーグも言ってた。
あのもしゃもしゃなヘアーも好きだしね。

カールはいつだって優しくジョナを見守っている。それは私にもよく分かる。
ジョナにひとしきり撫でられてから、
私はカールを見上げる。
カールは私にも優しく微笑んでくれる。

今週の映画は旧作のラブロマンスらしい。
ジョナとカールにはぴったりな気がする。
ふたりはいつだって仲良しだ。


映画が始まってしばらく経つと、
オーナーの寝息が聞こえた。
オーナーはロマンスとは縁遠いらしい。
私はそんなオーナーの足に顎を乗せ、
ゆっくりと愛の語らいについて学んだ。
いつか私にもこんなロマンスが訪れるのだろうか。


映画が終わると、
オーナーは忙しなく掃除をし、
整備に取り掛かる。

「小さな映画館だからといって、
 整備を怠ってはいけないよ」

これがオーナーの口癖だ。

私に出来ることはないか?
とオーナーの足元をウロウロしながら
考えたこともあったが、
その大切な整備の時間を邪魔しないことが、
私に出来る唯一のことだと、だいぶ前に悟った。


私は映画館に来てくれた客たちを見送る。

ジョナがこっちに手を振っているから、
私はしっぽでそれに応える。
また来週ね、ジョナ、カール。

そんな時ダンが近づいてきて、私の横に座った。
ダンは大学生だけど、毎週欠かさずに映画を観にくる。いつもひとりで。


「やあ、ブランシェ。今日の映画も良かったよ。白黒映画の醍醐味は、色に惑わされることなく、本当の美しさが分かることなんだ。
それに昔の映画だからって侮れないのは、あの音楽だよね。映画の名曲と呼ばれるものは、大抵現代から生まれてるものじゃなくて、この頃の映画なんだよな〜」

狭い空を見上げながら、
ダンは私に映画そのものの魅力について語る。
その目はきっといつものように輝いているのだろう。

「そうだ、ブランシェ。実は来週素敵な子を映画に誘ったんだ。来週は僕の好きな『雨に唄えば』のリバイバルだろ。それに誘ったら、ぜひって」

!!
あのダンがついに女の子を連れてくるなんて!
それは素敵な時間にしないといけないし、
天使のような私の存在も必要だろう。

「来週はキメてくるよ。
だからブランシェもよろしく!」

ダンがどこかいつもより明るかったのは、このせいだったのか。来週は『雨に唄えば』だから、
天気は晴れてたって、雨だって、どちらでも盛り上がるはず。


「さあ、そろそろ帰ろう、ブランシェ。
今日もみんなの見送りをありがとう。
ん?なんだかウキウキしてるんだな、
誰かいい話でもしてくれたのか?」

そう私に言いながら、
オーナーは映画館の扉に鍵をかけた。

私のしっぽは左右にパタパタしっぱなしなのだ。

看板からライトの落ちた、この静かな映画館を見られる犬も、私くらいのものだろう。
これもまた、ここに捨てられた私の特権なのさ。


来週の今日には、またジョナとカールにも会える。そしてダンが素敵な子を連れてくる。
ジョナのように、私をたくさん撫でてくれる素敵な女性だといいな。


ゆっくり歩くオーナーの横で、
帰ってすぐに作られるホットサンドの具材と、
来週の今日を思い浮かべた。

その足取りは、天使のように軽かった。





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