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大学生活5年目に突入したけど⑤

さあ、ついに、このシリーズも第5回を迎えています。
連続投稿になります。

前回は、府立大の動きも述べつつ、
私が大学2年生の夏に政治家のインターンシップに参加しようとするところまでお話ししました。

京都の夏は、尋常ではないとよく言います。
神戸で生まれ、神戸で育った私はその尋常ならざる暑さを痛感しました。

神戸と違い、京都市内はほとんど盆地で、熱気が逃げません。
鴨川が唯一の避暑地だったと思います。
よく練習帰りに泳いで帰りました。

政治家インターンシップに参加することになった私は、
午前中は練習、午後はインターンシップに参加するというスケジュールを
夏休み中こなしていました。

内容はというと、
広報用のチラシを折ったり、ポスティング、
ポスター貼りの各住宅へのお願いが主でした。

単純作業ですし、傍から見れば、
良いように使われているだけだったのかもしれません。
そんなことは承知の上です。

私にとっては、大したことはありませんでした。
もちろん、定量目標なども設けられていたので、
今となっては当然ですが、
数字を追うという感覚がなかった若干20歳の私にそれなりの体験が出来たのは間違いありません。

事務作業の傍ら、政治家の過ごす時間や言動などを観察するのが目的でしたので、集中していたのはE先生との数少ない会話の中でした。

話すスピードが早い、常に時間に追われている、しかし、
インターン生や学生のことは細かく見ている。

そんな印象でした。
E先生は忙しいにも関わらず、インターン生一人一人と個人面談の時間を設けてくれました。

私は車でカフェに連れて行かれました。
カフェに入ってコーヒーを2人分注文し、席に着き、
息つく暇なくE先生は私への質問を始めました。

質問を受けている時だけは周囲の時間は止まり、
雑音が遠くなるような感覚でした。

私が話し出すと、時間は動き出し、周囲の音が聞こえます。
DIOでもいるのかと思うほどです。

「マツモトくんはさ、なにやりたいの?」
「面接でも申し上げた通り、政治家になって教育に関わりたいです。
あ、でも、文章書くのは好きですし色んなところ行くのも好きなのでジャーナリストにもなりたいかもです」

「もし政治家なるなら何が必要だと思う?」
このように、矢継ぎ早に質問が飛んできます。
しかも、金銭面や財政面なども説明してくれていました。

「マツモトくんさ、やりたいこと分かるけど、行動量足りてるの?」
「足りてないですよね」
「うん、私が学生の頃は、誰にも捕まえられないぐらい忙しく動いてたし、
その頃からキャパシティ広げていってたよ」
「ほえ~」

この手の話を客観視すれば、昭和不動明王の自慢話かと思いますが、
私はありがたい説法のように聞いていました。
それぐらい、その当時はE先生に惚れ込んでいたのかもしれません。

ちなみにE先生は、私の大学の先輩で、
新卒で入社した商社でもかなり優秀な方だったらしく、
その後、
大学時代から志していた政治家になったのだとか。

E先生とのあの時間は、二十歳の私からすると(当時はまだ19歳でしたが)
夢のような時間だったかもしれません。

「マツモトくん、目の前のこと120%でやり続けてみたら、そしたら見えてくるんじゃない?」

この言葉は今でも覚えています。
それぐらい、私の心に刺さったのでしょう。

個人面談が終え、車が事務所に向かい発進しました。
私は後部座席でしたが、運転席に座るE先生との距離が、
シート1席分だとは思えないくらい遠く感じました。

インターンでは、事務作業だけでなく、
プレゼン大会や他事務所の学生とのディベート大会もありました。
話すことを得意としていた節もあり、無難に終わった印象です。

2か月を要して、私の政治家インターンシップは幕を閉じようとしていました。

最終日を迎えても、E先生のあの言葉が胸に焼き付いて離れませんでした。

出会いの後には別れがあり、別れの後には出会いがある。

政治家インターンシップを終えた私は、ある諦めと決心によって、
また新しいインターンシップに参加するのでした。

カターレ富山で


北陸というと、何が思いつくでしょうか。
というか、北陸とはどこでしょうか。
未だに私は北陸がどこからどこなのか、分かっていません。

大学2年生の夏つまり8月、9月はサッカー部と政治家インターンシップで
私は忙しなく動き回っていました。

9月は大学も始まり、政治家のインターンは終了しました。
インターンシップを終えた私はこのような気持ちを抱えていました。

「あかん、俺には政治家なんて無理や。教育は民間からでも変えれる、
その方向で俺は行こう」

政治家というものに対する抵抗はいかにして生まれたか。
E先生を観察し、やはり政治活動を見ると、
自身を政治家として応援してくれ、ということの難易度があったのです。

つまり、自分を売り込んで当選するという真似は出来ないと、
感じてしまったのです。

加えて、様々なステークホルダーに、かなり多様なスタンスを見せる必要があり、そこにも自身では出来かねると感じていました。

諦めは早かったのでしょうか。

ならば、と私は思いました。
ならば、今現在、片足をまだ浅めに浸かっている
もう一つの支流に向かおうではないか、と。

そう、サッカーです。

私はサッカー関係のインターンについて片っ端から調べました。
いろいろな経営者にも声を掛けていたと思います。

そこで見つけたのが、「カターレ富山 広報インターン」でした。

とにかく、やってみたかった私は、
募集要項通り、履歴書と志望動機を北に目掛けて、送り込みました。

9月下旬に連絡があり、顔合わせと説明会の日取りが送られてきました。
どうやら、私は参加できるようです。

細かい日程は覚えていませんが、
E先生の言葉に突き動かされ、富山に向かいました。

お金もなく、親戚もいなかったので、
高速バスと富山駅近くのホテルを予約しました。

説明会の前日に富山に到着しました。
到着したのは夕方ごろだったかと思います。

ホテルのチェックインを済ませ、
富山の黒ラーメンなるものを食べに行きました。
味は覚えていませんが、たぶんおいしかったです。

説明会は翌日の昼頃だったので、富山の環水公園に行き、スターバックスで本を読み、時間になったので、説明会がある施設まで行きました。

説明会にはかなりの人数が来ており、
出身も様々で、広島などから来ている人もいました。

少し前置きが長くなりましたが、
何かすごい体験が待っている訳ではありません。

続きはまた⑥に書きたいと思います。







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