世界を知ろうとすること

久しぶりに仲の良い外国の友達から連絡が来た。本人曰く、最近すごく日本語の勉強や将来について悩んでいたそうだ。

私はランゲージエクスチェンジのサービスを使って外国の人と母語を教え合うのが好きだ。時々先生にレッスンを受けたりもしている。それでも外国語を通したマッチングサービスみたいなところが強いので、たくさんの人と出会っても、ずっと連絡を取り続けていられる人はなかなかいない。楽しいけど難しいところもある。

ここのところ私が特に楽しく話ができる友達2人は、ヨーロッパに住んでいる。私とは生まれた環境も育った環境も違うし母国語も違う。相手は日本語を勉強していて私は英語やフランス語を勉強していて、やりとりをしながら困った時はお互い英語で補ったり質問しあったりしてやりとりしている。

来年、外国に行く予定は立ったものの、ずっと私は海外のどこにも行ったことがない。それもあって日本文化の嫌なところばかり見ていたところがあると思うし、苦しんだことも正直言ってたくさんあった。

でも日本語を勉強している友達はすごく新鮮な視点で日本を見ていて、改めて私も考えさせられることが多い。留学すると自分の国の良さがわかるみたいなのは、こういうことなのかなとも思う。弱い体感かもしれないけど。


同時に、私がすごく憧れているような環境に思える友達でも「自分の国や自分の国の文化、環境などにとらわれているような気がする」言ってくれたのが意外だった。住んでいる環境が快適とは限らないんだ。やっぱり私は確かに日本にいてそこから世界を覗きたいけれども、全く見えていない。でもそれも当たり前のことだとも思う。

私は、この友達のためにできることを見つけた気がした。楽しい話をしながら自分が生まれた日本についてもっと知る。彼らは何かを求めて日本語を勉強してくれているのだろうし、それをできる範囲で手伝う。

逆に私は、彼らの文化や言語について憧れるところを伝えることで、何か新鮮に思ってもらえたらいいな。愚痴も聞きたいなと思う。


歴史についてももっと学ばないといけない。日本も例にもれないけれど、世界中どこでも、特に近い国とは摩擦が起きやすいことをどんどん実感として知るようになった。この国と他の国にはどんな歴史があったかとか、少しずつ学んで気をつけてコミュニケーションをとりたい。私は「色んなバックグラウンドを持つ人たちと話してみたい」という気持ちで外国語を学んでいるので、それならただ無防備に楽しむだけではいけないと思うようになった。

全く違う環境の人と話すと意外と似たようなことを感じていたり、やっぱり全く違うことがあったり。それでも会話をして笑いが止まらない時があったり。国も言葉も違っても個人としては本当にただの人間関係だなと思うけれど、そうやってもっとゆるやかに人が繋がれればいい。それが私の理想とする世界なのかもしれない。

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