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人間はコントラストが強い方がいい

画材も筆もたくさんあるのにほとんど使わなくなった。高校生の頃に買った筆は流石に寿命が来てるものも多くて、筆先がポロっと落ちたりする。

その度に「自分の外側を固めていたものを落とさないといけない」と言われているような気持ちになる。

夢への道筋ははっきりしていた。美大に行ってしっかりと学び、デザイン会社でデザイナーとしての視点を掴んでから、晴れて独立してのフリーイラストレーター。

当時の最終地点には到達できたものの、本当にわたしがやりたいことはアートだったらしいと気付いた。長い間、自分でも薄々その興味については自覚していた。

でも、美大予備校のデザイン科にいたわたしは、ファインアート科の人たちに親近感やぐっと惹かれるものがありつつも、道を変えることができなかった。わたしはアートを志す人たちを差別していた。

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いつも除光液のような匂いがする部屋で、一日中キャンバスにかじりついている人たち。ほぼみんなツナギを着ていて、まっさらな部分は背中くらいなんじゃないかというくらい汚れていた。

よく顔やら腕やらも絵具で汚れていて、それを言うとえへへと照れて拭う。中には何年も浪人してる人がいて、わたしの知ってる人で7浪という人もいた。

わたしも1年浪人したものの、諸々の事情を踏まえてもなお、それ以上予備校に時間とお金をかけることは考えられなかった。

わたしは早くちゃんと働きたかった。他の仕事で興味があるものもたくさんあった。でも、作ることで社会と繋がっていたかった。社会にとって意味のある存在になりたかった。

でも、どんなに色々と試しても「これ」というものは見つからなかった。働く場所、内容、頻度、人、うまくいったと思ってもやっぱりまただめになってしまう。

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ただ自分の思うがままに色を使い、形を描き、素材を使う。そんなことで食べられるのか。アーティストになるなんて考えられなかった。

クライアントワークでお客さまに喜んでもらおうと働いた日々は楽しかった。自分が社会の歯車のひとつになれたと思えた。

でも、あわや死ぬかと思うほど数ヶ月眠れず、体調不良が頻発してその仕事もまたうまくいかなくなった。お客さまの期待に応えようと過剰に頑張ってしまって、それは「誰かに愛されないと自分のことを認められない」のとわたしにとってはほぼ同義だった。

ただ、自分が興味があるものをただ作ることが必要だと痛感した。食べる方法なんか全く分からない。作品の説明もしたくないからプロモーションもできず、人が怖くて仕方なくなって色んなものを遮断した。

でもそれが本来の自分で、ただわたしは作るものも自分自身も好かれたくて仕方がなかっただけだ。

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いつもテストでいい点を取っていれば大人たちに文句を言われないから勉強した。ただ1人でいるのが怖くて誰かと会いまくっていた。とにかく自分の尖ってしまうところを丸くしないと人から好かれないと思っていた。

今はもっと尖りたい。
美大予備校で習った鉛筆の削り方は、普通に文字を書くには長すぎる。でもわたしは、鉛筆削り器は買わない。丸いきれいな形にはもうならない。だから、誰かには好かれるかもしれないけど、すっごく嫌いって思われるだろう。

本来、人間はそんなもんなんだ。
コントラストは強いほうがいい。バッキバキのモノクロでいこうぜ。


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