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アキタカタ暮らしの美術館|introduction

暮らしとアートのまじわるところ


美は暮らしの中にある

「暮らしの美術館」という言葉を聞いて、思い浮かべたのは、ある農家の納屋で見た光景だった。古いが手入れの行き届いたクワやカマ、干した作物、タネの袋などが、ある秩序のもとに整えられていて、一枚の絵のように美しかったのをよく覚えている。
 
美は暮らしの中にある。
 
今回、2月13〜14日の2日間、広島県安芸高田市で行われた「ナリワイカレッジ」で素敵な暮らしを営む人たちを訪ねてまわり、改めてそのことを実感した。
 
ツアーのベースになったのは「暮らしの美術館」という構想だ。発案者であり、ストーリーメーカーとして各地で土地の魅力を発掘し企画提案を行っている中村功芳さんは、安芸高田市での取り組みについてこう話す。
 
「今回訪れた方々を紹介いただいて、その暮らしを見たとき、これはすでに美術館と言っていいんじゃないかと思えたんです。訪れた人たちがこの方々のもとを訪れて、現場を見て、何かメッセージを持ち帰り、自分の暮らしを見つめ直したり、働き方を変えるお手本にできたら。そんな暮らしがここにはあります」
 
現地の担当者、観光協会に勤める沖田政幸さんは、お母さんの実家だった美土里町の「あお」という素敵な名前の地区に妻と子供二人と暮らしている。
 
「自分が心からいいなと思う暮らしをしている人たちを、まずは地域の外の人たちに見てほしかったんです。でも去年、コロナで一度立ち止まるのを余儀なくされたとき、気づいたことがあって。そうだよな、これって何より安芸高田の地元の人たちに知ってほしいことかもしれないって」
 
そこでナリワイカレッジは、地元の人も対象にして行われることになった。
 
今回訪れた人たちの暮らしにあるのは、お金という意味ではない〝生活力〟。どの人もみなクリエイティブで、やりたいことがたくさんあると話してくれた。


安芸高田市のこと

安芸高田市は、広島市内から車で約1時間半。東西に長い中国山地のちょうど真ん中付近のふもとに位置する。2004年に6つの町が合併してできた。上は島根県、下は広島市に隣接しているだけあって、全体は広範囲にわたる。北部の山間地は、冬は雪深いところでもある。
 
そのせいか昔の営みの痕跡が、目に見える形で多く残っている。今はもう使っていないハザカケの竿が入った小屋がいくつも田んぼの脇に点在していて、周囲の風景に溶け込んでいた。
 
以前、「あお」からほど近い集落で行われていた地神楽に、沖田さんに連れて行ってもらったことがある。真っ暗な田んぼの脇を進み神社へ到着すると、30人ほどの地元の人たちが神楽を楽しんでいた。そこだけぼんやりと明るく、賑やかに盛り上がっている。舞子さんたちの軽快な喋りや舞が見事で、舞台の上と客席の掛け合いがまた巧みで面白かった。これも〝ハレ〟の日の催しではあるものの、人びとの暮らしの一部であり、日常を彩るアートのように感じられた。


里山は資源の宝庫

広島市からのアクセスの良さと、豊かな自然環境が残るエリアとして、最近は広島市内から移住してくる人も少なくない。
 
その中で、水戸さん一家は「移住者のお手本のような」とも言われる、自然と調和したセンスのよい暮らしをおくるご家族。
ご主人の芳郎さんは定年後、美土里町桑田の実家に戻るため、数年前から準備を進めてきたという。建築家だった芳郎さんは、空いていた納屋をいかして木工仕事のための工房を整え、自らの手で少しずつ家の改修を進めてきた。作業場や、寝室、屋外の洗い場など、次々に仕立てるものがおしゃれだったり、可愛かったり。とてもクリエイティブなのである。
 
「ときには裏山の整備もしていて、間伐の後は木材がたくさん手に入ります。これがじつはすごい資源。宝の山です」と芳郎さん。奥さんの典子さんも自然農法による菜園に挑戦したり、みそづくりなど季節ごとの手しごとを楽しんでいる。2018年春からは娘の文恵さんも一緒に暮らすようになった。
 
「田舎に住んだらこんな暮らしがしたい」という理想をそのまま形にしたような水戸さん一家の暮らし。納屋の前に積まれた薪の断面も幾何学模様のようで美しかった。
 
「暮らしの美術館」では、そんな風に地域の暮らしの達人を訪ねてまわる。
 
見るだけではなくて、家主とゆるやかな会話ができるのも楽しい。いわゆるツアーというより、〝暮らしの場〟を共有させてもらうような時間になる。そうすると参加した人たちの心も自ずと動き始め、みんな話に惹き込まれていく。ふだん奥底に秘めている感覚が、その人自身に戻っていくような、静かで豊かな時間。そうした空気が伝わるのか、訪れた先の人たちも、とてもよく話してくれた。


食卓の美は、野菜の美味しさから

ナリワイカレッジ1日目の夜に美味しい食事をふるまってくれたのは、「ファームもりわき」の森脇夫妻だ。夫妻は西洋野菜などの変わった野菜を無農薬で少量多品種、栽培している。形はいろいろの規格外の野菜だが、市内の飲食店に届けていて人気がある。ご主人のヨッちゃんこと良典さんは「お客さんの顔みたら、ああ喜んでくれよるなってわかるから、嬉しいんよねぇ」と目を細める。
 
二人は完全予約制のレストランも営んでいる。とはいえ、妻のテミさんこと照美さんと知り合って初めて予約の権利を得られるという、入るにはかなり狭き門のお店。訪れた日、テーブルにはファームもりわきの野菜を用いた、テミさんのお手製料理が所せましと並んだ。コブタカナやシュガービーツの天ぷら、ホタテと里芋の炊き込みご飯。多彩な野菜がぎっしりのサラダは格別で、どれもみずみずしく、ぎゅっと濃い味がした。マーシュ、クレイトニア、赤茎ほうれん草…と知らない野菜の名を教わりながら夫妻と一緒に食事するのがまた楽しい。みんなでワイワイと賑やかに夜が過ぎた。
 
ヨッちゃんは、農閑期にはミツバチの箱をつくってハチを飼ったり、ボイラーストーブを改造してお風呂をつくったりと、毎日のように何かを発明している。それが楽しくて仕方ないと話していた。


暮らしに向き合い、作品をつくる

今回訪れたなかには、農業やものづくりなど、自分の手で何かを生み出す仕事をする人が多かった。
 
佐々木りつ子さんは、あたたかみのある器や鉢をつくる陶芸家。23年ほど前に安芸高田市に戻り、一から自分で工房を建てたという、つわものだ。田園風景の中に建つ、黒壁のシックな建物は、中に入ると凛とした雰囲気と木のあたたかみの両方が共存する居心地のいい空間だった。
 
佐々木さんはしばらくここに暮らしたが、「なかなか地に足のついた感が得られなかった」と話す。結婚を機に農業を営むご主人のいる古民家に移ってからは、より暮らしに時間を割くようになり、田畑の仕事をしたり、パンを焼いたり味噌をつくったり。この地に根を張った安心感が得られるようになったという。今は田畑の土がついた手でそのまま作陶に入ることもあり「どっちの土かわからなくなる」と笑う。
 
つくる作品の数は以前に比べるとぐっと減った。「でもそのぶん、本当につくりたい気持だけで器に向き合えるようになった気がします。最近は土もこの辺りで採れた土を使うようになって。手に伝わってくるエネルギーがまるで違うんです」


みなが集う、魔女さんの家

暮らしや、家のある敷地全体がこれまた素敵なのが、土井妙子さん。土井さんは、羊毛から糸を紡ぎ、フェルトにするなどして、アパレル品や小物に仕立てている。つくるのは可愛らしい帽子やセーター、敷物など。その魅力もさることながら、土井さんの暮らしから垣間見えたのは、周囲の人たちと楽しむ場としての家だった。ログハウス風のこの家は、みなから親しみを込めて〝魔女さんの家〟と呼ばれている。
 
週に一度、土井さんは家をオープンハウスとして開き、ワークショップを行ったり、みんなでお茶をしたりお喋りしたりと楽しい時間を過ごす。「来てもOK、来なくてもOK。少人数なら深い話になったり、大勢来てわいわいするときもあります」。
 
将来周囲の人たちと支え合って暮らす、コミュニティハウスの練習でもあるという。裏手の山を込みにして8000坪。土地は広いので、誰でもスモールハウスであれば建ててかまわないそう。そのモデルとして、いま1棟建っている。「年寄りが年寄りの面倒をみる。若い人も大歓迎。得意なことを得意な人がして助け合って生きていけたらいいなって」。人間、好きなことが一つでもあれば幸せでしょう、と土井さんは笑って言った。


便利さと引き換えに失った暮らしの美

こうして見てくると安芸高田市にばかり暮らしの達人がいるように思われるかもしれない。だが、かつては人びとの日常、田畑仕事などの暮らしの中に〝美〟があった。いま、ボタンひとつで何でもできてしまう便利な生活になり、暮らしはつるつるで無機質なものになっている。私たちは楽さと引き換えに、暮らしの美を失いつつあるのかもしれない。
 
でも「楽なだけじゃつまんないね」と気づいてしまった人たちが、いま再び暮らしに目を向けている。子どものうちは、人は思いきり遊ぶ生きものだ。頭や手を働かせて何かを丸めたり、削ったり、組み立てたり。それを仲間と共有することを楽しむ。ところが大人になって、そうした夢中になる時間が減り、生きる楽しみの多くを失っているのかもしれない。
 
田舎では、ふと外を見るといろんな葉っぱや木材が落ちていて、植物が実をつけたりしている。「これって何だろう」「どうやったら扱えるだろう」。大人も子どものように遊べる世界が広がっていて、そこに向き合ううちに、驚くほどよくできた自然のしくみと、昔からある生活の知恵に気づいていく。
 
そんな暮らしのお手本になる人たちが、安芸高田市にはたくさんいる。
 
(文・甲斐かおり)


甲斐かおり
ライター、地域ジャーナリスト。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティなどの分野で生きる人の活動を雑誌やウェブに寄稿。著書に『暮らしをつくる』(技術評論社)、『ほどよい量をつくる』(インプレス)

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