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チャンシーのトマト

その昔、私たちの家には裏庭があった。

当時飼っていた犬はボーダーコリーのチャンシー。
14歳。
 
歳をとって、肛門の近辺にポケットができ、
数回手術で縫い合わせはしたものの
すぐにそれが外れるため
ポケットにウンチがたまりブロックされると
しばらく便秘となり、お医者さんへ連れていくことがよくあった。

その処置たるや1回 800ドル。
なぜそんなに高いかというと
麻酔をかけないと、ウンチを掻き出せないからだった。

10日に一回800ドル。
お金の問題だけでなく、チャンシーも辛かった。

私たちは一大決意し、
エネマセットを買ってきて、
裏庭でチャンシーの肛門の処置をすることにした。

麻酔をかけなくてはいけないのは
獣医さんが他人だからで、
私たちはこの裏庭で
一人が押さえつけながら、一人が掻き出せば
きっとなんとかなる。

そしてとても従順なチャンシーは
きっと協力してくれるはず。


私たちは決戦のように構えた。

その決意は私たちだけでなく
チャンシーも同じだった。

お腹が悪くて便秘になるのではなく
ただ、出口が詰まっているだけなのだ。

いざ、覚悟!

エネマの管を肛門に入れる。
硬く石化しているものを砕くにも
この管はイイ。

チャンシーもコトの成り行きをわかっているので
すごく辛いけども、
オッサンが何かをガマンしているような
そんな顔をしてこの作業に取り組んだ。
 
 

甲斐があって
肛門から子犬が生まれるか、くらいの
大きな塊がポロっと出た後は
溜まっていた便がこれでもか、というほどでた。
最後のほうは、エネマの水を入れたこともあって、ほぼ下痢状態。

それまでの痛い顔とは違い、
チャンシーは顔中で、身体中で安堵と喜びに満ちた
なんとも言えない顔をした。

「よかったねえ〜〜」

チャンシーは大きな尻尾をフリフリして喜んだ。

まだエネマの水が体内に残ったまま老体をものともせず庭中を駆け回った。

だよねー
ウンチ出ないって一番キツいよねー
健康なのにねー、コーンでもトマトでも肉でもご飯でも
なんでも食べちゃうのにねー
それが溜まるんだからねー

それらが出た嬉しい気持ちはわかるが、
下痢ピーを撒き散らしながら走り回るのには苦笑した。
特に庭から家の中に入る数段のコンクリートの階段。
そこにゲリピーが溜まるのはイヤだったなあ。
匂いが家の中に入って来そうだったから。
 
が、
毎回800ドル。
そして、私たちがするのなら、もう少し頻繁にやってあげられるし。
といういことで、そりゃ決戦の日は、お互いに頑張ったものだった。
 
私たちは処置の後、ホースで庭中にお水をあげ、
コンクリート部分も匂いが残らないように
洗い流した。 

 
そんなこんなで、だいたい4〜5日に一回は便の掻き出しをした。
チャンシーも溜まってくると
「た、頼む」という顔で訴えかけてきた。
 

*****

3月。老犬のチャンシーはついに
光の元へと旅立った。

その日は朝からチャンシーは太陽と話をしていた。
とても珍しい光景だった。

そして、次の日の明け方に
ゴトンという音とともに
私が目を離した隙に 逝った。

愛しいチャンシー。

その時はパピーだったキキと
ゆきこちゃんの家のルビーを預かっていたので
その忙しさにかまけて
チャンシーを失った傷は深くならずに済んだ。
そりゃ悲しいけどさ。

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あまり裏庭のことを気にしなくなった7月。
そういえば掃除もしてなかったな。
コンクリートの水洗いもしなかったし

と、ふと見たら、
階段のところに草が生えていて、
なんだか知らないけどなんだか実が。。。

その日は他のことをしていたので
翌日か翌々日もう一度思い出して、そこの草取りをすることに。。。

あ!
よく見たらトマトだった。
プチトマト

なんでこんなところに?

一個だけ成ってる。


わかった!

チャンシーの下痢ピーだ!

チャンシーはなんでも食べた。
トマトでもコーンでも!

それらがウンチの中にそのまんま出るね、と
笑っていた。

チャンシーが死んでから4ヶ月後に
こんなカタチで生きている!!!


「チャンシー!!!」
夫と二人、泣き笑いだった。

こんな形で出会えるなんて、

いつだって笑わせてくれたチャンシー。
自分の死後も、こんな形で
笑いを残してくれるなんて!
 

それは美しい美しいトマトだった。
それはとても切ないトマトだった。

だが、いろんな意味で

ちょっと食べられなかった。
だって、下痢ピーからでてきた
そりゃ肥料もいっぱいあげられてるだろうよ。

だけど、食べられなかった。
 
自分の勇気のなさに今なら笑う。

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