タイでのエピソード・その9
—その8の続き—
マレーシアに向かう事になった私は、再びスワンナプーム空港へと向かった。
スワンナプーム国際空港。ロビーに来ると「あ、タイに来たんだ」と思わせてくれる。「いかにも」な像が沢山置いてあるのだ。
まぁ、空港のロビーなんぞに神様の像を祀るのもどうかと思うのだが...タイ人の気質を考えると、そんなん気にしないだろうな。
奇妙な彫像に囲まれ、私はS氏が押さえてくれたチケットのフライトを確認する。
...どうやら遅延も無く、通常運行で飛んでくれる様だ。
今度は重量オーバーしなかった(笑)。
人生、何事も勉強である。
早めに来てしまったので、フライトの時間が来るまでロビーで待機していた。
その間、昨日の事を思い出していた。
私はバスに乗り、S氏の住むコンドミニアムに向かっていた。
信じられないかもしれないが、この国のバスは時折Uターンする(笑)。
まぁ要はそれくらい自由ってこと。スピードもガンガン出す。客の事など知ったこっちゃ無い。走れりゃOK。
バス停らしい所も一応あるが、何せ渋滞が凄まじいので歩道に横付け出来るとは限らない。その際は、道路の真ん中で降ろされたりする。日常茶飯事。ここに文句を言う様ではタイに住めない。
目的地に到着したので、私はバスを降りようとした。
...と、次の瞬間。
物凄い勢いで、降り口スレスレに数台のバイクが走り去っていった。
私は既に、道路に足を出す体勢に入ってしまっていた。
その0.01秒の刹那、S氏のアドバイスを思い出した。
「バスから降りる時は気を付けるんだよ。日本とは違うからね。バイクも車も余裕で開いた降り口スレスレで横切ってくるから。この手の事故がめちゃくちゃ多い。ちゃんと左右見てから降りること。」
...しまった...!
...そして次の瞬間...私は後続のバイクと勢いよくぶつかった。
生まれて初めて、車両に撥ねられてしまった。う〜ん、こりゃ痛い。
その後、遠くまで思いっきり吹っ飛んだ。
...バイクが...(笑)
私?無事だ。青タンが出来てしまったが。
私は、転んだバイクタクシーの運ちゃんに手を差し伸べようと近寄った。
すると...
彼は私を睨みながら、手首を押さえていた。
勿論、彼は怪我なんぞしていない。
不注意だったとはいえ、この場合はバイタクの方が罪に問われる。故に、賠償金を請求されまいと、必死で「怪我をしたのは俺の方だ」とアピールしているのだ。
特にこの場合、轢いたのがタイ人ではなく日本人だった。
(ヤバイ!日本人だ...!もしこいつがカネ持ちだったら厄介な事になる...)
彼はそう思ったに違いない。基本、この国では日本人=カネ持ちだからね。
...私は黙ってバイクを起こし、安全な歩道まで持っていった。
その後、彼の肩をポンと叩き、唯一使えるタイ語「マイペンライ」を彼に言い、その場を後にした。
その出来事をS氏に報告したら、「えー!ちゃんと請求した?500バーツ!500バーツ!って言わないと」と言われた。
私は、笑って誤魔化した。
まったく...どいつもこいつも。
...私はそう言う気質では無い。と言うか、怪我もしてない。青タンが出来ただけだ。と言うか、家族の為に毎日身を削って1バーツ2バーツの為に頑張っているタイ人から500バーツを請求出来るほど、私は鬼では無い。
500バーツは我々日本人からすれば、たかだか約1300円ほどだ。でも、彼らからすれば5万円ほどの価値にすら感じる金額だろう。
私は...どう頑張っても、S氏の様にはなれないだろうな、と思った。
——そうこうしているうちに、フライトの時間になった。
さて...行きますか。行きたく無いけど(泣)
不安9割、楽しさ1割って感じ。
バンコクからクアラルンプール国際空港までは数時間で到着した。日本→バンコクに比べると当然、早い。まぁ、目と鼻の先みたいなモンですからな。
チケットの買い方も分からん。通貨もイマイチよく分からん。つーか言葉も分からん。
とにかく街の中心部へ行き、宿を手配しないと...。
私はHから受け取った「地球の歩き方 : クアラルンプール」を片手に地図をチェックし、タイ大使館がどこにあるのかを確認していた。
大使館から比較的近くて、安い宿がありそうな所...となると...
チャイナタウンか。
しかしまぁ、「チャイナタウン」てのはどの国にもあるもんだね。世界人口の四人に一人は中国人...か。
恐らく、タータリー帝国なんてもんが本当にあったのであれば、そのくらいの人口だったのかもしれない。
...なーんて勿論、その頃は考えていなかったけどね。
空港では警備員が普通にマシンガンを持っていた。
そうですか...治安はそこまで良く無いのですね。ふぅ...。
私は、空港前の胡散臭いバスのキャッチの言われるがまま、街中に行くバスに乗った。思ったよりも良心的な値段だった。
道路を見てみると、驚くほど綺麗だ。
タイのバンコクに来た時の第一印象は、「きったねぇ街」だったが...クアラルンプールはいかにも「先進国」って感じ。均等に植えられた街路樹、ゴミひとつ無い歩道...ここは日本に勝るとも劣らない。
海外に来てからあまりにも色々な経験をし過ぎて、もうワケが分からん。
私の心はタイのオンボロバスの様に、ぐわんぐわんに揺れていた。
—その10へ続く—
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