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なぜ、いまマニック・ストリート・プリーチャーズが求められているのか?〜『Know Your Enemy』リイシュー版がヒットした理由


『Know Your Enemy』リイシュー版のジャケット


 今年9月、ウェールズのロック・バンド、マニック・ストリート・プリーチャーズ(以下、マニックス)が『Know Your Enemy』のリイシュー盤を発表した。本作のオリジナルは2001年3月に6thアルバムとしてリリースされたが、今回のリイシューは当時と異なる形で世に出ている。内省的で柔和な質感の音が多いディスク1「Door To The River」、激しいギター・サウンドが中心のディスク2「Solidarity」という2枚組の構成になっているのだ(完全生産限定盤にはデモ音源を集めたディスク3も付く)。
 マニックスは当初、『Know Your Enemy』を2枚組で発表することも視野に入れていた。しかしレーベルはそのアイディアに乗り気ではなく、最終的に1枚のアルバムとなった。いわば本作は、長きに渡り眠っていたアイディアを実現させたものと言える。

 そうした背景をふまえたうえで、まず目を引いたのは曲順だ。オリジナルではオープニングだった“Found That Soul”が「Solidarity」の2曲目に入るなど、大幅に入れかわっている。その影響で各曲の聞こえ方も違い、本作ならではの表情を見せてくれる。
 ひとつの作品として纏まりがあるのも本作の特徴だ。オリジナルは当初のアイディアが採用されなかったからか、無理矢理1枚のアルバムに収めた印象も感じられた。しかし、本作では未発表曲、B面曲、リミックスも加えることで、サウンドの統一感が生まれている。特に「Solidarity」は、ギターという軸を多彩な形で示す内容で、マニックスの優れたソングライティングとアレンジ能力が顕著だ。“Found That Soul”のぶっきらぼうでラウドなギター・サウンドはマガジンの“Shot By Both Sides”(1978)を想起させ、マッカーシー“We Are All Bourgeois Now”(1988)のカヴァーは原曲に近い音でありながら、リディア・マルセルあたりの60sガレージ・ロックが脳裏に浮かぶ。全体としては、4thアルバム『Everything Must Go』(1996)と5thアルバム『This Is My Truth Tell Me Yours』(1998)で鳴らしたスケールの大きいスタジアム・ロック路線は後退し、初期のマニックスに近いパンキッシュなアレンジが目立つ。

 歌詞でも若かりし頃のマニックスがちらつく。左派思想と労働者階級というアイデンティティーに根ざした辛辣な政治/社会的メッセージが随所で飛びだし、聴き手の思考に刺激をあたえてくれる。なかでも、アメリカの黒人俳優・歌手ポール・ロブソンが題材の“Let Robeson Sing”は、そのメッセージ性が顕著だ。人種差別に抗い、いわゆる赤狩りが始まっても共産主義支持を貫き、FBIの監視やパスポート取り消しという露骨な政治的圧力にも屈しなかったロブソンを讃えている。
 “Masses Against The Classes”が本作の一部なのも見逃せない。2000年1月に発表されたこの曲は、オリジナル版の『Know Your Enemy』には未収録の限定シングルだったからだ(日本盤はボーナス・トラックとして収録)。不当な特権で肥えたエリートや富裕層に立ちむかう労働者階級たちを称揚する歌詞は怒りで満ちあふれる一方で、不公平な社会構造への抵抗を絶やさない者たちに寄り添う優しさも際立つ。マニックスらしいアンセミックなプロテスト・ソングである。

 本作は、オリジナル以上に社会情勢を意識した言葉とサウンドが目立ち、いま聴いても共鳴できる情動や想いが込められた作品だ。たった1%の超富裕層が全世界の富の4割を独占するなど、経済格差は広がりつづけている。さまざまな差別は苛烈さを増すばかりで、政治家を筆頭としたエリートたちのほとんどは庶民の窮状に耳を傾けようともしない。そんな現在への処方箋になり得る視座が本作にはある。とりわけ、《左派/右派》以上に《上下》という階級の視点が濃いのは重要なポイントだと思う。

 興味深いのは、このような作品が全英アルバムチャートで4位を獲得したことだ。未発表曲も収録とはいえ、20年以上前の曲でほぼ占められたリイシュー作がここまでの人気を得てトップ5にランクインした事実は、本作の思想やメッセージをふまえるとおもしろい現象に映る。
 このことを受けて筆者が思いだしたのは、マニックスが2021年のアルバム『The Ultra Vivid Lament』で、『This Is My Truth Tell Me Yours』以来の全英アルバムチャート1位に輝いたことだった。『The Ultra Vivid Lament』はベースのニッキー・ワイアーの両親が亡くなるという個人的背景の影響を色濃く反映しつつ、“Orwellian”ではデジタル・プラットフォームによって引きおこされる激しい党派争いの中で言葉の意味や文脈が失われることを歌うなど、同時代的な社会批評も際立つ。“Orwellian”で描かれる声が消されていくという感覚は、社会的立場が弱かったり、あるいはマイノリティーだったりするがゆえに、自らの困窮を訴えても無視されがちな現在と共振できるものだろう。イギリスでは長引く経済不況や緊縮財政の影響で多くの庶民が苦しんだが、その状況はほとんど改善されないまま、いまに至っている(もし改善されているなら、UKドリルなどでたびたび描かれる貧困や暴力と隣り合わせの世界は現れないはずだ)。くわえて、最近の急激なインフレやエネルギー価格の高騰によってさらに生活費が上がるという、より苦しい状況が庶民に迫りつつある。

 これらの諸問題を生んでしまう社会構造にうんざりした人々が再びマニックスの歌を求め、その結果が久々の全英アルバムチャート1位であり、『Know Your Enemy』のリイシュー版がヒットした理由なのではないか。その雑感は、日々いろんなニュースに触れるなかで、徐々に確信へと変わっている。

※10/11追記
ニッキー(ベース)の『Know Your Enemy』2枚同時リリース構想にレーベルは肯定的で、否定的だったのはジェームス(ヴォーカル/ギター)というご指摘をいただきました。事実誤認をしてしまい申し訳ございませんでした。




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