怒りを隠れ蓑にせず、愛と弱さを歌えるようになった者たち Idles『TANGK』
ブリストルのアイドルズは、怒りと激しさを隠さないバンドだ。庶民を虐げる政治、有害な男らしさ、苛烈な差別や経済格差など、さまざまなテーマを自らの曲で取りあげてきた。
良くも悪くもお利口で、何かしらメッセージを発しても遠回しな暗喩や皮肉という形の表現が少なくない現在において、アイドルズの音楽は率直な叫びとして稀有なインパクトを放った。レベル(Lebel)をUKラップが担うようになったなかで、ロック・バンドがかつてのパンクに通じる痛烈な批評精神を示した。それは長年の音楽ファンにとって懐かしさを抱くものかもしれないが、音楽体験が少ない者にとっては文字通り斬新に聞こえた。ゆえにアイドルズは幅広い層から支持を得て、イギリスを代表するバンドのひとつにまでなった。
そんな彼らの最新アルバムが『TANGK』だ。本作でも怒りと激しさが随所で顔を覗かせる。これまでファンが好んできた側面は維持されていると言っていい。
一方で、明確な変化が目立つのも本作の見逃せないポイントだ。多彩さが増したジョー・タルボットのヴォーカルは、従来の叫びに近い歌唱もありつつ、ソウル・シンガーを思わせるしっとりした歌いまわしや静謐な囁きといった、多くのスタイルを披露している。
そのヴォーカルによって歌われる言葉も、過去作と比べて違いが多い。持ち前の世情に対する批評性を保ちながら、愛や感謝という念を前面に出している。こうした姿には、もはや分厚い怒りのカーテンに隠れる必要はない、自らの情動を思いのまま表現すればいいという達観に近いナニカを見いだせる。これはアイドルズが表現者として次のフェーズに入ったと告げているように感じられるものだ。
ヴォーカルと同様、サウンドも多彩さが際立っている。勢いで突っ走る激しいパンク・ナンバーも収められているが、それ以上にメロディーや歌を聴かせる曲の多さが印象的だ。ノイジーな側面が後退し、ポップ・ソングとして耳馴染みがいいシンプルな曲構成(彼らにしては)が目立つ。“Dancer'にジェームズ・マーフィーとナンシー・ワンが参加しているから、というわけではないと思うが、全体的にLCDサウンドシステムやザ・ラプチャーといったDFA周辺のバンドを彷彿させる音が濃いのもおもしろい。ナイジェル・ゴッドリッチ、ケニー・ビーツ、メンバーのマーク・ボーウェンの3人による共同プロデュースという形で作られた結果、本作はアイドルズの音楽性を拡張する挑戦的アルバムに仕上がっている。
『TANGK』は、アイドルズが新たなサウンドを確立するための試行錯誤が見受けられるアルバムだ。そういう意味では実験的で、過渡期と評せる。
それでも、彼らが本作で表現したものは十分魅力的だ。怒りを隠れ蓑にせず、より率直に愛や弱さを歌えるようになったいまのアイドルズは、有害な男らしさに批判的でありつづけてきた姿勢と相まって、とても誠実かつ進歩的だと感じる。
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