Orbital『30 Something』


Orbital『30 Something』のジャケット


 “Chime”(1989)、“Belfast”(1991)、“Halcyon”(1992)。ダンス・ミュージックのクラシックとして今も語り継がれているこれらの曲を生みだしたのは、イギリスのテクノ・デュオであるオービタルだ。一言でテクノといっても、彼らの音楽にはさまざまな要素が込められている。アシッド・ハウス、ブレイクビーツ、トランス、1980年代初頭のエレクトロ、パンクなどだ。

 本稿を読んでいる人の中には、パンクと聞いて意外に思ったかもしれない。しかし、オービタルの音楽には、時代に対するオルタナティヴを示すというアティチュードとしてのパンクがうかがえる。
 たとえば“Choice”(1992)は、ハードコア・パンク・バンドのクルーシフィックスによる“Annihilation”(1983)から、軍事化に反対するスピーチをサンプリングしている。さらに、近年のライヴでは“Impact (The Earth Is Burning)”(1993)の演奏時に環境活動家グレタ・トゥーンベリの演説を引用するなど、自らの音楽に社会を刻みつづけている。このような姿勢が目立つのは、メンバーのポール・ハートノルがパンク・バンドの一員だったことも無関係ではないだろう。

 オービタルは、社会と地続きの音楽を鳴らしてきた。享楽的で聴く者を恍惚にいざなう電子音は社会と向き合うための入口なのだ。そうした音楽に、こんなクソまみれのクソみたいな世界で踊っているという皮肉たっぷりな批評性を見いだすのは筆者だけだろうか。そして、この皮肉自体が多くの問題を抱えた現代へ向けた批判であると言えないだろうか。そのようなシリアスさを快楽に満ちたダンス・ミュージックで包んでいるからこそ、オービタルは現在に至るまでユニークな存在でいられるのだ。

 こうした歩みを祝う作品が『30 Something』である。本作は、デビュー・アルバム『Orbital』(1991)発表から30年を記念して作られたという。自身の代表曲をリメイクしたトラック、新曲、未発表曲、リミックスを収めた内容はとても豪華だ。
 まずはオープニングを飾る新曲“Smiley”について語っていこう。この曲は、イギリスのテレビ局ITVで放送された、1980年代後半のアシッド・ハウス・ブームのドキュメンタリーをサンプリングしている。性急なブレイクビーツとTB-303風のアシッディーなシンセ・ベースが際立ち、これまでオービタルの音楽を聴いてきた者にとってはお馴染みの要素が全開だ。彼らは1980年末期から1990年代前半のレイヴ・シーンを出自としているのは有名な話だが、その背景を滲ませた曲と言える。

 “Smiley”に続くのは“Acid Horse”だ。“Acid Horse”は活動初期の頃から存在していたものの、権利関係の影響で長らく世に出せなかった未発表曲とのこと。1990年に発表した“Omen”(1990)と同じく、ABC“(How to Be A) Millionaire”(1984)をサンプリングしている。ハイハットが細かく刻まれるビートは、トッド・テリー・プロジェクト“Bango”(1988)といった1980年代後半頃のハウスを想起させる。
 “Smiley”と“Acid Horse”を聴き比べると、類似点の多さに驚くはずだ。SF映画のサントラみたいなシンセ・サウンドや、そのシンセ・サウンドが紡ぐ人懐っこいメロディーは、現在に至るまで彼らが鳴らしてきたものだ。こうした不変の要素が今もなお多くの聴衆に聴かれ、大型の音楽フェスでも観客を熱狂させているのだから感嘆する。

 リメイク曲は、直近のライヴ・セットをもとに作られたという。その影響か、オリジナルの音源よりも派手な展開が多く、音色もアグレッシヴなものが多い。
 こうした特徴をもっとも明確に表したのが“Satan(30 Something Years Later Mix)”だ。1980年代半ばにベルギーで生まれたニュー・ビートを連想させる硬質でヘヴィーなビートに合わせ、ノイジーなシンセがエレキ・ギターのように鳴り響く。その様はさながらメタル・バンドである。本作の中では一番彼らのパンクな側面が顕著なアレンジだ。
 “Halcyon (30 Something Years Later Mix)”も素晴らしい。アタックが強いシンセ・フレーズを重ねることで、原曲とは違った心地よいサイケデリアを創造している。

 イーライ・ブラウン、ジョン・ホプキンス、オクターヴ・ワンなどさまざまな世代のアーティストが参加したリミックスも聴きどころ満載だ。とりわけジョン・ホプキンスによる“Halcyon & On”のリミックスは気に入った。たおやかなシンセが響きわたる幽玄なサウンドスケープは、原曲のトリッピーな側面を抽出し、増大させたような趣だ。
 ロジック1000が手がけた“Halcyon & On”のリミックスも特筆したい。こちらはジョン・ホプキンス・ヴァージョンよりもビートを前面に出しながら、巧みな音の抜き差しでリスナーを飛ばすハウス・ミュージックに仕上がっている。DJに好まれるダンスフロアライクなリミックスという点に限って言えば、ロジック1000のヴァージョンが上かもしれない。

 『30 Something』は、オービタルがダンス・ミュージック・シーンに残してきた偉大な足跡を再確認できる作品だ。享楽とシリアスが共立したトラックを生みだしてきた創造力や、その創造力が後続のアーティストたちにあたえた影響を体感できる。



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