羊文学『our hope』を日本社会の中で鳴り響く音楽として聴いてみる


羊文学『our hope』のジャケット


 最近、仕事以外でよく聴いている音楽のひとつは、3人組ロック・バンド羊文学のメジャー・セカンド・アルバム『our hope』である。理由はいくつもあるが、真っ先に印象深いと感じたのはサウンドだ。これまでの作品よりもひとつひとつの音が作りこまれ、歌詞の世界観と密接な関連性を見いだせる。そこにはこういう音にしたいという羊文学の明確な意志が滲む。

 その意志に攻めた姿勢が窺えるのも良い。『HIGHVISION』(2002)期のスーパーカーに通じるつやつやとしたシンセが聞こえる“OOPARTS”を筆頭に、全曲で挑戦的な音作りが見られる。バンドとしてやってみたいことを可能な限りやってみた曲群は聴きごたえがあり、音楽知識が豊富な玄人ほどあれやこれやと語らいながら愛聴できると思う。
 それでいて、玄人に限らず幅広い層で聴かれてもおかしくないキャッチーさもある。なかでも“くだらない”はシンプルなコード進行でありながら、メロディーの気持ちよさで聴かせる引力を持ち、本作の作詞作曲を手がけた塩塚モエカ(ヴォーカル/ギター)の高いソングライティング能力が輝いている。ちなみに“くだらない”はMVも秀逸だ。コマ撮りで作られた映像は、記憶に残りにくい刹那的情動を強調したような印象をあたえる。また、コマ撮りによって独特の時間感覚を醸している様は、撮影した秒数よりも遅くして上映されたアンディー・ウォーホルの映画『エンパイア』(1964)とも重なる表現方法でおもしろい。

 “hopi”の音もお気に入りだ。ほのかに耽美的で浮遊感のあるサウンドスケープは『Victorialand』(1986)期のコクトー・ツインズを連想させ、いわゆるオータムズ・グレイ・ソーラスといったイーサリアル・ウェイヴ(Ethereal Wave)の文脈でも楽しめる。ただ、“hopi”の場合、コクトー・ツインズやイーサリアル・ウェイヴの特徴であるゴス要素は皆無だ。この点はまんま鳴らすのではなく、羊文学のフィルターを通して消化したという意味で、バンドのオリジナリティーに繋がっている。
 “パーティーはすぐそこ”も好きだ。軽快なグルーヴが映えるロック・サウンドに乗せ、本当の自分を見せるためにパーティーへ繰りだそうとする姿が描かれた歌詞に、筆者の耳は喜んだ。物語としては、シンディー・ローパー“Girls Just Want to Have Fun”(1983)の歌詞とMVを連想させるものが歌われているように感じられる。

 歌詞といえば、アニメ『平家物語』(2022)のオープニング・テーマに選ばれた“光るとき”は特筆しておきたい。〈永遠なんてないとしたら この最悪な時代もきっと続かないでしょう〉という一節に、“世界が終わる夜に”(2007)で〈わたしが悪魔だったら こんな世界は作らなかった〉と歌ったチャットモンチーの言語感覚と似たものを見いだし、思わず懐かしさを抱いてしまったからだ。反語的文体でリスナーに光を見せるとでも言おうか、そういった文体を上手く使った曲だと思う。
 もっと言えば、この一節にはザ・ストリーツの“Empty Cans”(2004)に登場するフレーズ〈この先はつらい日々が始まる でもこうなるはずじゃなかった季節は終わった だからこれが本当の始まりなんだ〉と共振できる眼差しがあり、それも“光るとき”に惹かれた理由のひとつだ。いまは最悪な時代だが、でも生きるしかなく、生きることこそが希望となり輝かしい未来に向けた礎なのだと言わんばかりの言葉は、多くの人に寄りそう心地よい温もりになるのではないか。そう思える曲が“光るとき”だ。

 以前の羊文学作品と比べて、『our hope』は内観から外へ向けた言葉と音が多いアルバムである。塩塚モエカの個人的事柄が深く関わった音楽なのは従来通りな一方で、その個人的事柄の背景にある社会がもっとも鮮明に表れているのは、いままでほとんど見られなかった側面と言える。“OOPARTS”における〈ただ、生きたいだけ〉という呟きや、〈聞き飽きたラブソングを僕に歌わせないで〉と歌う“くだらない”の怒りなど、本作は静謐な反骨心が至るところで飛びだす。諦念という名の鎖に縛られそうになっても、その鎖をよじりながら解こうとする足掻きが本作では脈打っている。

 こういう作品がいまの日本でどのように聴かれるのか、非常に興味がある。賃金は上がらないどころか下がりつづけ女性差別人種差別といった問題がさまざまな人たちを抑圧する国で生きるリスナーたちは、本作の音と言葉に動かされるのだろうか。あるいは、共感だけして、窮屈な日常に戻るのか。筆者としては、こうなるはずじゃなかった季節は終わるどころか、ますます悪くなっていると気づいてもいい頃ではないか?と思う。



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