窪塚洋介も好演!Netflix『Giri / Haji』が破壊するステレオタイプの日本人像と家父長制 初出:wezzy(株式会社サイゾー) 2020年2月15日

 筆者がたびたび寄稿していたウェブメディア『wezzy』が、2024年3月31日にサイトの完全閉鎖を予定しているそうです。そのお知らせの中で、「ご寄稿いただいた記事の著作権は執筆者の皆様にございます。ご自身のブログやテキストサイトなどのほか、他社のメディアでも再利用可能です」とあるため、こうしてブログに記事を転載しました。元記事のURLを下記に記載しておきますので、気になる方は閉鎖前に覗いてみてください。

元記事
https://wezz-y.com/archives/72119
魚拓
ページ1 https://archive.md/qXm5N
ページ2 https://archive.md/WGNAg

 『Giri / Haji』は、英BBCとNetflixの共同制作ドラマイギリスでは2019年10月17日に初回が放送され、同年12月5日に最終回を迎えた。それから約1カ月後の今年1月10日、Netflixでの配信が始まり、イギリス以外の国々でも観れるようになった。

 日とイギリスを舞台とする本作には、日本人のキャストも多い。平岳大、窪塚洋介、本木雅弘といった日本の映画/ドラマでよく見かける者から、デビューして間もない奥山葵まで、多彩な面々が揃っている。

 イギリスからは、映画『トレインスポッティング』(1996)で有名なケリー・マクドナルド、ドラマ『フラワーズ』(2016~18)で監督/脚本/出演を務めたウィル・シャープなどが参加。いずれも映画/ドラマファンにはおなじみの顔ぶれだ。

 物語はロンドンから始まる。東京を拠点に活動する暴力団・遠藤組の組長、遠藤信(小林勝也)の甥・三郎(三村昌也)がロンドンで刺殺されたのだ。凶器に使われたのは、遠藤組と対立する福原組の組長・福原(本木雅弘)が所蔵していた脇差。この事実は遠藤組と福原組の対立激化を招き、東京の刑事・森健三(平岳大)にも火の粉が降りかかる。

 ある日の夜、健三が住むマンションに福原が訪ねてくる。挨拶をすませると、福原はロンドンで三郎が殺された件について語りだす。脇差はかつて福原組に所属していた勇人(窪塚洋介)が盗みだしたもので、勇人が犯人か調べてほしいという。そんな強引に思える依頼を、健三は引き受けてしまう。勇人は死んだはずの弟だからだ。かくして健三は、急ぎ足でロンドンに飛ぶのだった。

色とりどりの映像表現

 ジョー・バートンによる脚本は、シンプルな物語を紡ぐ。東京の刑事が弟を探し求め、ロンドンを駆けまわる。要約すれば、句読点も含め24文字で表せる話だ。

 しかし、物語を描く映像は実に多彩で、そのすべてが非常に興味深い。ジョン・オルトンが撮影監督のフィルム・ノワール群を想起させる極端な明暗のコントラスト。登場人物の心情を同時に見せるスプリットスクリーン(複数に分割した映像を画面に映す技法)。他にも、アニメーションや最終回におけるモノクロのダンス・シーンなど、視聴者の目を彩る仕掛けが次々と飛びだす。

 なかでも筆者が惹かれたのは、アスペクト比(画面のサイズ)の使い方。現在のシーンとは違い、回想のシーンは狭いアスペクト比で示される場合が多い。ゆえに黒い部分が目立ち、視聴者によっては見づらいと感じるかもしれない。だが、筆者はおもしろいと思った。黒い部分を強調することで、記憶の不確かさが浮かびあがる効果を生んでいるからだ。

 どんな記憶にもバイアスは混じり、時が経てば忘れてしまうものもある。記憶には、当時の匂いや雰囲気がそのまま刻まれているわけじゃない。そのような忘却の暗喩を、黒い部分には見いだせる。

 多彩な映像表現が物語と深く関わっているのも素晴らしい。たとえば、モノクロのダンス・シーンは登場人物たちの感情が爆発する様として描かれるなど、物語の文脈にちゃんと沿っている。奇を衒うためだけに、野心的な映像表現が使われることはない。ドラマ内の有機的なパーツとして機能し、物語を盛りあげるエンジンとなっている。作品全体のバランスを保ちつつ、先鋭性も随所で見せつける精巧な作りには、全エピソードを繰りかえし観たくなるだけの高い中毒性がある。

ステレオタイプを打破する日本人像

 日本人の描き方も本作の重要なポイントだ。海外の映画/ドラマにおいて、日本人を含む東アジア系は、長年ステレオタイプを伴い描かれてきた。

 冷酷かつ攻撃的な“ドラゴン・レディー”、男性に従順で寡黙な“ゲイシャ・ガール(あるいは“チャイナ・ドール”)”、人々の脅威となる“イエロー・ペリル”などだ。

 そうした傾向は現在も根強く、イギリスでは東アジア系俳優たちが差別や偏見に声をあげる動きもある。また、映画『Crazy Rich Asians(邦題 : クレイジー・リッチ!)』(2018)のコリン役でも知られる俳優クリス・パンも、アジア系男性に対する偏見に苦しんだ過去を明かしている

 こうした視点から観ても、本作は及第点だ。健三とセーラ(ケリー・マクドナルド)が唇を重ねあわせるシーンもあれば、ドナ(ソフィア・ブラウン)の言動は勇人への恋心をうかがわせる。健三の妻・麗(中村優子)、健三の母・ナツコ(丘みつ子)、福原の娘にして勇人と恋仲にある栄子(アンナ・サワイ)といった日本人女性も、男性に従順で寡黙な存在ではない。むしろこの3人は、強権的な男性に立ち向かう者たちとも言える。勇人が麗にお願いしたあることをきっかけに、団結して福原組からの逃避行に出るのだから。

 本作は、心が通じあうなら、人種や国は関係ないという理想を上手く人間ドラマに落としこんでいる。日本語のセリフが少々翻訳調(この点は本木雅弘もインタヴューで述べている)だったりと、日本の視聴者からしたら引っかかるところもなくはない。とはいえ、さまざまな日本人を偏見に満ちた日本人像に嵌めることなく描いたのは、ステレオタイプを壊すという意味でも、やはり画期的だ。

家父長制の破壊する物語としても楽しめる?

 壊すといえば、本作は家父長制を破壊する物語とも読める。暴力団は、家父長制を模した組織だ。盃事(さかずきごと)なる儀式を通じて、親子分や兄弟分という擬似の血縁関係を結ぶ。その関係は絶対的なもので、立場が上の幹部や組長に逆らうことは許されない。その一端は、本作の中でも示される。かつて味わった想いを理由に、福原が勇人と栄子の仲を強引に引き裂くのがそれだ。この福原の決断がきっかけで、勇人は福原組から追われる身となり、栄子と会えなくなってしまう。

 興味深いのは、勇人がロンドンで生きていると判明した後の展開だ。勇人を見つけた健三は、そのことを日本の仲間に知らせない。もし日本に送ってしまえば、勇人が福原組に殺されるのは間違いないからだ。多くのすれ違いや衝突があっても、健三は勇人を見捨てられなかった。だがその結果、福原組の構成員がロンドンに来る事態に陥り、想定外の危険に晒されてしまう。健三は福原組との対立を深めていく。

 そんな健三は、自分を助けてくれる人たちとの結びつきを強くしていく。その人たちはセーラや勇人だけではない。ロンドンでの捜査を手伝ってくれたゲイの男娼ロドニー(ウィル・シャープ)や、家出してロンドンにまで来てしまった娘の多紀(奥山葵)も含まれる。

 この結びつきの強さを描いているのが第6話だ。亡くなった健三の父(伊川東吾)を弔うため、健三、セーラ、勇人、ロドニー、多紀は車に乗りこみ、海を目指す。セーラは運転席、健三は助手席に座り、他の3人は後部座席で少し窮屈そうにしている。はしゃぐロドニーと多紀を横で見つめる勇人という構図はとても微笑ましい。フォールズの“In Degrees”をBGMに繰りひろげられる楽しげな様子は、まるで擬似家族みたいだ。

 そうした描写がある第6話を境に、本作は2つの擬似関係を対比させる色合いが増していく。その2つとはもちろん、5人と暴力団である。

家父長制に馴染めない男たち

 重要なのは、家父長制を模した組織の暴力団に対し、5人には家父長制の仕組みにそぐわない者もいることだ。たとえば、勇人の過去が描かれる第4話では、こんなやりとりがある。福原組の構成員として、勇人が栄子を送迎しているときのことだ。

栄子「なんでうちに入ったの?」
勇人「良い親父(筆者注 : 福原のこと)だから」
栄子「悪党よ」
勇人「俺も悪党かも」
栄子「いいえ、あなたは良い人。他の連中とは違う」

 このやりとりは、勇人が家父長制的な暴力団に馴染みきれない男であると示唆している。他のシーンでも、栄子は勇人に「あなたがどう思おうと勝手だけど、あなたは他の連中とは違うからね」(第4話)と告げるなど、勇人と暴力団の違いを明確にしようとする描写がある。

 家父長制が求める男らしさに馴染めないのは健三も同じだ。

 日での健三は、性役割が明確な家庭を持っている。刑事としてバリバリ働く健三は稼ぎ手であり養う者。家で健三の両親や多紀の世話をする麗は、養われる者として家庭を守る。この構図は、戦後の高度経済成長期以降に広まった“夫は仕事、妻は家庭”という性役割分担をそのままなぞっている。さらに、なにかあれば麗は健三に相談し、それを受けた健三が決断する流れの多さは、男性たる家父長に力を集める家父長制色が鮮明だ。

 だが、そう生きてきた健三にも変化が見えはじめる。第5話でセーラに「強がらないで(You don’t have to be strong.)」と言われて以降は、弱音を吐くようになるのだ。そして、良い夫でいることに疲れたと言わんばかりに、麗に対する愛がだいぶ前から冷めていたことも匂わせる。その様子は、健三も家父長制の価値観に心身を消耗させられた1人なのだと、私たちに示す。

 そうした側面に気づけば、第5話に麗から「しっかりして」と電話で言われ、健三が泣き崩れてしまうシーンもさまざまな意味合いを帯びてるのがわかるはずだ。もうすぐ亡くなりそうな父の死に際に立ちあえない悲しみだけでなく、しまり雪の如く積もった良い夫でいることのプレッシャーに押しつぶされる姿でもあるのだと。

キャスティングの妙が生みだす緩やかなシスターフッド

 もうひとつ見逃せないのは、福原組と遠藤組の争いを終わらせる組長役に、長与千種が選ばれていることだ。長与といえば、長年プロレスラーとして活躍した女性だ。男たちによる暴力団の抗争(遠藤信から言わせれば「戦争」)を終わらせる役が女性なのは、家父長制の破壊が描かれた物語とも読める側面をより強固にする。

 もっと言えば、麗、ナツコ、栄子の逃避行を手助けした警官も女性だ。逃避行の様子が描かれる第7話で3人は、バイカーの男(芹澤興人)に女性差別の言葉を投げつけられ、仕返しをする。それに怒った男が警察に通報したため、警官たちが捜索に駆りだされる。そのうちの1人である警官の女性(さいださだこ)は、車に乗る3人を見つけ、職務質問をする。だが、警官の女性は3人が犯人だと気づいている素振りを見せながらも、簡潔な話だけをして見逃すのだった。その光景に筆者は、緩やかな女性たちの連帯を見いだした。こういったキャスティングの妙も見られる本作は、細部にまで手が行きとどいた作品だ。

 多彩な映像表現やテンポのいい会話劇など、娯楽的なおもしろさが盛りだくさんの『Giri / Haji』。そうした娯楽性の背後にある秀逸な批評眼は、耐久年数が過ぎた社会構造のカビ臭さを浄化する。

参考文献

Anne Helen Petersen『ハリウッド初のアジア系アメリカ人女優の苦悩』2018 BuzzFeed News

井口博充『『タイガーマム』とアジア系アメリカ人の教育達成研究』2013

江原由美子『フェミニズムと家族』2013

木俣冬『BBCドラマで初の日本人主人公に 俳優・平岳大が語る「欧米でアジア人が挑戦できる時代」』2020 文春オンライン

笹川あゆみ 池松玲子 小関孝子 北原零未『夫婦間の性別役割分業はなぜ変わらないのか ―既婚女性へのインタビュー調査から探る―』2015

Jane Chi Hyun Park『Yellow Future: Oriental Style in Hollywood Cinema』2010 University of Minnesota Press

Celine Parreñas Shimizu『The Hypersexuality of Race: Performing Asian/American Women on Screen and Scene』2007 Duke University Press

Darrell Y. Hamamoto『Monitored Peril Asian Americans and the Politics of TV Representation』1994 University of Minnesota Press

東海テレビ『ヤクザと憲法~暴力団対策法から20年~』2015年3月31日放送分

中尾真和『暴力団の権利能力なき社団該当性についての考察 ─ 上納金等から生ずる所得に係る課税対象 ─』2019

BBC『Interview with Joe Barton』2019

BBC『IInterview with Jane Featherstone』2019

BBC『Interview with Julian Farino』2019

BBC『Interview with Takehiro Hira』2019

BBC『Interview with Kelly Macdonald』2019

BBC『Interview with Yosuke Kubozuka』2019

BBC『Interview with Will Sharpe』2019

BBC『Interview with Aoi Okuyama』2019

BBC『Interview with Justin Long』2019

BBC『Interview with Charlie Creed-Miles』2019

BBC『Interview with Sophia Brown』2019

BBC『Interview with Masahiro Motoki』2019

藤田結子『欧米都市における文化生産と「日本らしさ」の構築 ファッション,デザイン,アートの制作者のエスノグラフィー』‎2013

Helier Cheung『英国の東アジア系俳優、舞台やテレビ出演で差別と偏見に直面と』2018 BBCニュース

村上由見子『イエロー・フェイス―ハリウッド映画にみるアジア人の肖像』1993 朝日新聞出版

村上由見子『多文化主義時代と映像 : ハリウッド映画の中のアジア人』1999

Men’s Health『’Crazy Rich Asians’ Is Proving That Hollywood Is Ready For Buff Asian Men. It’s About Time.』2018

ロバート・ジョージ・リー『オリエンタルズ 大衆文化のなかのアジア系アメリカ人』2007 岩波書店

ヤコブ・ラズ『ヤクザの文化人類学―ウラから見た日本』2002 岩波書店

渡邊寛 城間益里『NHK連続テレビ小説に表れる男性役割:時代的な変遷、登場人物の年代、女性主人公との関係性による差異』2019

この記事が参加している募集

テレビドラマ感想文

おすすめ名作ドラマ

サポートよろしくお願いいたします。