ソルリを“害虫”にしたのは誰か


ソルリ


 2019年10月14日、ソルリが遺体で発見された。ソルリの死は筆者の周囲に大きな影響を及ぼしている。K-POP好きの友人はソルリの功績を語り、別の友人は重大な喪失に哀しみを隠さない。ソルリといえば、f(x)の元メンバーという認識が一般的だ。2015年に脱退してからは、役者やモデルなど多方面で活躍したのもよく知られている。2019年には歌手活動も本格化させるなど、マルチな表現者だった。
 しかし、韓国社会やエンタメ界の保守的な側面に抗ってきたことは、あまり知られていないように思う。数多くのセクハラコメントや非難を浴びながらも、ソルリは自身の考えを率直に述べてきた。〈Girls Supporting Girls〉と書かれたTシャツを着て、シスターフッドなメッセージを発する。元慰安婦の尊厳と名誉を回復し、女性の人権を増進しようというキリムの日をインスタグラムで知らせるなんてこともあった。

 こうした姿勢がどれだけ勇敢かは、韓国での女性芸能人に向けられる抑圧的眼差しからもわかる。ある日、コラムニストのクァク・ジョンウンは、複数の画像をインスタグラムに投稿した。韓国の男性家事負担率がOECD加盟国中最下位だと指摘し、結婚後の女性が強いられる犠牲に疑問を呈した内容だ。投稿にはさまざまな共感の声が寄せられ、多くの“いいね!”も集まった。そして、“いいね!”をした者たちのなかにはRed Velvetのジョイもいた。
 そのことが判明すると、ジョイへの誹謗中傷が始まった。「生足出してるのに“いいね!”を?」「フェミニズムを語るのは引退してから」など、見るに堪えない言葉の嵐。女性差別を許す社会の淀みがあらためて浮きぼりになった。

 このような光景は珍しいものではない。フェミニズム小説として知られる『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだと発言しただけで、アイリーン(Red Velvet)は批判の的になった。
 Lovelyzのメンバーは、Vライヴ中に寄せられたセクハラコメントに耐えられず、暴言を吐いた。しかし、問題になったのはLovelyz側の態度で、それを受けて所属事務所は謝罪した。いまも筆者はこの流れを理解できずにいる。セクハラコメントに怒りを示すのは間違いじゃないからだ。
 これらの事例だけを見ても、ソルリの言動がいかに先進的で、オルタナティヴな価値観を持っていたかわかる。しかし、多くの人々はその価値観を踏みにじった。発言のたびに非難を浴びせ、インスタライヴがおこなわれると暴力的なコメントを投げつけた。しかもおぞましいことに、それはまだ終わっていない。キリムの日を知らせるインスタグラムの投稿では、死後に書きこまれた醜悪なコメントを確認できる。



 ソルリの死後、筆者は『害虫』を観た。2002年に公開され、主役の中学生・サチ子役に宮﨑あおいを迎えた映画だ。母子家庭であるサチ子は母親の稔子(りょう)と暮らし、学校には友だちがいない。家に居ても、稔子が無遠慮に恋人の徳川(天宮良)と過ごすせいもあり、孤独感が付きまとう。
 そうした状況から逃れるように、サチ子はタカオ(沢木哲)やギュウゾウ(石川浩司)とつるみ、つかの間の平和を手に入れる。それでも、サチ子は徐々に追い詰められていく。ラヴホテルの前では男(大森南朋)にしつこく言い寄られ、徳川にはレイプされかけるなど、周囲には頼れる大人が誰ひとりいない。そんな境遇から生じる疎外感は、サチ子の心を蝕んでいった。

 『害虫』は、〈良い仕事を紹介する〉と声をかけてきた若い男(伊勢谷友介)の車にサチ子が乗せられ、走り去るところで幕が落ちる。このエンディングはあらゆる解釈の余地を残すが、筆者にはサチ子のおだやかでない未来を暗示しているように見えた。明確な方法はわからずとも、サチ子なりに現状から抜けだそうと抵抗を試みた。しかしそれは叶わず、悪意に満ちた性的眼差しや無理解を隠さない者たちで溢れる社会は、サチ子を排除した。

 筆者は、ソルリとサチ子に共通点を見いだしてしまう。最終的に社会から消されてしまったこと。そして、大多数の人間と同じく完璧でないながらも、現状に対する抵抗をやめなかったことだ。もし、ソルリとサチ子が誘蛾灯だったら、引き寄せられた“害虫”は駆除できたかもしれない。だが、共に心のある人間で、誰よりも繊細だった。悪辣な眼差しや言葉に心は何度も引き裂かれ、生々しい傷口から流れる血をろくに止めないまま、歩みを進めた。そのことを想うたびに、やりきれなさと哀しみが筆者の体を強く締めつける。

 現在の社会にとって、ソルリのように自己主張が強く、黙らない女性は“害虫”なのかもしれない。そうだとしたら、あきらかに間違っている。ソルリは、ただ生きていた。生きるために言葉を紡ぎ、自分でいたいからと正直なだけだった。
 “害虫”とは誰のことなのか? それはソルリに暴力的な言葉を投げつけた者たちや、そんな言葉を許す社会だ。そのような社会を筆者は望まない。

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