暗澹たる世界を生きぬくために 2023年のポップ・カルチャーを振りかえる

 あけましておめでとうございます。12月31日リリースの作品も選考の対象としているため、他の方々と比べて遅めの振りかえりとなりました。編集/ライターとして働いている筆者ではありますが、1年の終わりを前にベスト作品を発表する必要はないと考えています。業界の慣習を無視できない立場ならともかく、ネット上のブロガーやアルファアカウントの類までその慣習に沿う必要はないのになと思います。ランキングには入れていませんが、2023年最後の日にリリースされたスキン・オン・スキン『For Your Safe Keeping 003』など、大半の有識者やメディアがベスト・アルバムを発表した後も、興味深い作品が多く生まれているのですから。

 筆者は毎年、その年のポップ・カルチャーを振りかえりながら、ベスト・アルバム、ベスト・トラック、ベスト映画、ベストドラマ、ベストブックを発表してきました。それは今回もほとんど変わらないのですが、少しだけ変更点もあります。今回から、アルバムとトラックを統一し、ベスト・ミュージック50としたことです。理由は、1曲でリスナーに衝撃をあたえたり、シーンの趨勢に変化を起こしたりするケースが目立つからです。特にK-POPは1曲ですべてをひっくり返すこともあり、フル・アルバムよりもEPやミニ・アルバムをコンスタントに発表しながら、活動するグループやアーティストが少なくありません。あるいは、タイラ“Water”のように、バイラル・ヒットによって音楽シーンの最前線に躍りでるケースもあります。こうした現況をふまえ、ジャンルだけではなく、リリース形態も分けずに選考しようと決めた次第です。そのため、今回のベスト・ミュージック50は、フル・アルバム、ミニ・アルバム、EP、シングルが選考対象となっております。他のベストは去年と同様の基準です。

 2023年もポップ・カルチャーに触れていて強く感じたのは、明確な社会的メッセージを隠さない作品や表現者がこれまで以上に目立ったということです。たとえば、昨今のジャングル/ドラムンベース再評価において代表的アーティストのひとりとされているニア・アーカイヴスは、黒人女性というアイデンティティーをインタヴューなどで強調しています。曲も、身体醜形障害や不眠症をテーマにするなど、現代の社会問題に踏みこんだものが少なくない。経済的余裕に恵まれた立場の人や白人が中心となりがちな現在のダンス・ミュージック・シーンに、ストリートや親しみやすい日常の風景を持ちこんだという意味で、ニア・アーカイヴスはとても重要なアーティストだと思います。
 そういった作品や表現者が増えたという視点を語るうえで避けて通れない話題といえば、ガザの人道危機です。植民地主義とそれに対抗する者たちと言っていい構図になってきたガザでの紛争ですが、この問題に対して多くの人々が反応を示しています。イスラエルのジェノサイドに怒りつつ、ジェノサイドの被害を受けたパレスチナの人たちに寄り添うコンピやEPがたくさんリリースされていることなどは、その筆頭と言えるでしょう。
 この動きについて見逃してはいけないのは、突然始まった行動ではないということです。ミュージシャンズ・フォー・パレスチナは2022年の段階で運動を活性化させ、今こそパレスチナの人たちを支えようと訴え、多くの民間人を無差別に殺したイスラエル軍の蛮行を批判しました。そのために募った署名には、アルカ、マリー・デヴィッドソン、FKAツイッグスなどさまざまな人たちが名を記しています。

 ガザに限定しなければ、社会にコミットしようと試みる動きはこれまでもありました。6年ほど前、マンチェスターの若いプロモーターたちが運営するホームレス支援の団体が話題になり、メディアで取りあげられたことは、筆者からすると記憶に新しいものです。こういった動きがいくつも重なったことで、多くの人たちの間で良識や思いやりが育まれ、現在のガザ人道危機に対する大規模なアクションに繋がっている。ガザでのジェノサイドは、多大な努力や輝かしい良心という塵が山となっていたのだと気づかせてくれるきっかけだった。この気づきが今後どう広がり、発展していくのか。自分でできることをやりながら、しっかり見守り、時には言葉を発していきたいと思っています。

 以上のような視点に基づき、各ベストを選びました。その視点からすると、「こんな作品を選ぶの?」と感じるものもあるでしょう。たとえばレッド・ヴェルヴェットの『Chill Kill』は、良質なポップ・ソング集にすぎない作品に聴こえるかもしれません。しかし筆者からすると、幾多の苦難があっても、互いに希望という名の灯火になっていこうとする前向きなメッセージに、現代社会へ向けた批評性を見いだせます。(G)I-DLEの「I Feel」も、昨今持てはやされているセルフラヴや自己実現が過剰な消費主義に取りこまれたことを皮肉るような痛烈さがうかがえる。その痛烈さは、自分たちも消費主義の構造を強化する一部ではないか?という自己言及を含むことで、より鮮明になっています。
 さらに、映画『ペルソナ -仮面の下の素顔-: ソルリ』は人を消費することの危うさを訴え、ドラマ『医師チャ・ジョンスク』はエイジズムだけでなく、男性が女性の幸せをジャッジする男性優位社会にも批判的眼差しを向けている。いわゆる娯楽性が高いだけのマクチャン系に見える作品にも、世情に応答する誠実なオルタナティヴが見えかくれする。そうした表現をベストに選びました。もし、あなたが現況に何かしらの問題意識や生きづらさを感じていたら、それを解きほぐすためのヒントになり得る作品が並んでいるはずです。
 また、今回はあえて作品評を添えていません。タイトルをコピペして読者に調べてもらうことで、筆者とは違う経路で作品に触れ、2023年の素晴らしい表現たちに新たな側面をもたらしてくれたらという理由です。何事も100か0で語られがちな現在において、そのどちらにも属せない小さな声は無視され、時には踏みにじられてしまう。このような光景に危機感を抱くことが増えたため、グラデーションを多彩にできたらと考えました。ここまで読んで興味を持たれた方は、下記のリンクから筆者が選んだベスト作品を楽しんでいただけたら幸いです。


2023年ベスト・ミュージック50

2023年ベスト映画20

2023年ベストドラマ20

2023年ベストブック20



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