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蕎麦屋は非日常的なスローライフ

終業後、街をぶらついてると、なんとなく心に静けさが広がる。疲れ切った体、頭ん中は仕事のことでいっぱい。そんなとき、ふと足が向かうのは、ちょっと日常から離れた場所。なにもしなくていい、ただそこにいるだけでいい、そんな場所。そう、私の足はいつもあの蕎麦屋に向かうんだ。
この蕎麦屋っていうのはね、日常の中にある小さな隠れ家みたいなとこ。ドアを開けると、そこはもう時間がスロー。最近見なくなったテレビや、壁にかけられた古い写真たち。今の忙しい世の中とはちょっと違う、時間がのんびり流れる空間なんだ。
ここに来るのは、もちろん蕎麦がうまいからってのもあるけど、それだけじゃない。ここには、日常の疲れを忘れさせてくれる、なんか特別な空気があるんだよね。静かな店内でひとつひとつ味わうもりそば、心地よさを感じる環境。普段忘れちゃいがちな「私らしさ」を、ここで思い出せるんだ。

蕎麦屋独特のタイル状の床、少し高くなった座敷、そこかしこに添えられた竹の装飾。これらすべてが、日本の伝統である「蕎麦」の美しさを伝えている。ここにいると、まるで日本文化の本質に触れているような、そんな感覚に包まれる。蕎麦のね。
店内テレビ番組は相撲、笑点、ニュースなど、高齢者が好む番組が多いけど、それがまたこの場所の雰囲気を作り出している。テレビの音量は控えめで、周りの客との会話や蕎麦をすする音が心地よいバランスを保っているんだ。
今の時代でも、こういう蕎麦屋は決して珍しくない。ただ、忙しい日常に追われる中で、訪れる機会が少なくなっただけ。ここにいると、日常の忙しさやストレスが一時的にでも忘れられる。時がゆっくりと流れるような静寂の中、一杯の蕎麦に心を寄せる。そんな時間は、今の速い世の中ではなかなか味わえない。まるで時間がゆっくりと流れる別世界に迷い込んだような、不思議な感覚なんだ。だからこそ、この蕎麦屋は特別なんだ。

蕎麦屋に来たら、まずは天ざるを頼む。これが私なりの楽しみ方。シンプルなざるそばと、天ぷらセットが楽しめるスタンダードといえる。まさに蕎麦の真価が試される一品。つるつるとしたのど越し、そばの香りが口いっぱいに広がる。この瞬間が、たまらなく好きなんだ。あと、天ぷらって普段あまり食べる機会がないし家で作ろうとすると大変。
蕎麦の食べ方にも、ちょっとしたこだわりがある。まずは何もつけずに、そのまま一口。わさびとねぎだけで味わうのがポイント。そば本来の味をしっかり感じるためさ。そして、半分くらい食べたら、つゆにつけてみる。でも、つゆは控えめに。ビシャビシャになるのは、ちょっと苦手なんだ。
この食べ方、実は昔お世話になった先輩から教わったんだよね。蕎麦屋ではビールと蕎麦湯だけを楽しむ先輩。でも、そばにはこだわりがあって、そんな先輩のスタイルが、今の俺の蕎麦の楽しみ方を形作っている。

蕎麦を食べ終わると、まるでタイミングを見計らったかのように蕎麦湯が届く。この瞬間が、また特別なんだ、ナイスおかみさん。蕎麦屋のおかみさんは、客の食べるペースを完璧に把握しているようで、いつも驚かされる。蕎麦湯を前にすると、食事の最後を飾る儀式のような気持ちになる。
この温かい蕎麦湯は、ただの残り汁じゃない。蕎麦の風味がギュッと詰まっていて、飲むと体の中からほっこり温まる。食事の締めくくりとして、これ以上のものはないよね。おかみさんの細やかな心遣いが、この一杯には込められている。
蕎麦をすするのもいいけど、この蕎麦湯を飲む瞬間は、何とも言えない満足感がある。こうして食事を終えると、なんとなく一日の疲れが流れ去っていくよう。蕎麦屋での食事が終わると、いつも感じるのは、深い充実感と静かな幸福とほんの少しの寂しさ。

食事を終え、蕎麦屋を後にする時、いつも思うんだ。日常に疲れたとき、私たちが本当に求めているのは、派手な非日常ではなく、こんな小さな逃避かもしれないって。こういう静かで心地よい場所が、実はすぐそばにあるんだよね。
この町の蕎麦屋は、そんな小さな非日常を提供してくれる場所。そこには、大きな騒ぎや刺激はないけれど、心を豊かにする時間が流れている。日々の喧騒から少し離れて、自分を見つめ直す時間を持てるんだ。
だから、もし日常に疲れたら、たまには蕎麦屋に足を運んでみて。忙しい毎日の中で、ほんの少しだけ時間を忘れ、自分だけの静かな世界に浸ることができるから。そこには、新しい発見や心の安らぎが待っている。日常に潜む、こんな小さな非日常を、ぜひ一度体験してみてほしい。

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