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マンホールからベンガルトラまで その9

大型動物VS木の棒


準備は出来た!二日間のジャングルウォークにさあ出発‼︎

するはずだったのだが集合時間の六時になってもガイドが一人来ない。
結局30分遅刻してきた。
最初にツアーのインフォメーションをしてくれたラージエンドラという大仰な名前の若いガイドと、寝坊して遅刻してきたプサンというガイド。この二人がジャングルの案内人だ。

プサンは年配で小さくてひょろっとしてて気弱そう。
大丈夫かしら、このガイド。遅刻してくるし。

しかし、プサンはこの道二十五年のベテランらしく、見かけは頼りなさそうに見えるが数合わせというわけではないようだ。

ところで二人が持っている棒はなんだろう。1メートル半くらいの木の棒。杖?護身用?
これが野生の象やサイに通用するのだろうか。
マサイ族はヤリ一本でライオンと戦うというが。そんな感じ?

「歩いて行くからジープでは見られないタイガーも見れるかもしれなよ。」
とラージエンドラが教えてくれる。

へ?タイガー?

虎がいるんですか?初めて聞くんですけど。

虎って棒でなんとか出来るんでしたっけ?

急激に身の危険を感じ始めた今日この頃。

そういうふうにしてまだ心の準備も出来ないままに、命の危険でドキドキサファリパークはスタートしてしまったようだった。
 

ゲートのような所で人数分の入域料を払い、通り抜ける。

ここからが本格的なチトワン国立公園になる。
動物達の住む領域だ。
この奥に荒れ狂う野生の象や突進してくるインドサイや牙を剥き出しにするベンガルトラがいるのかと思うと身震いしてくる。

ゲートを守る人達は長い銃を持っている。
それが普通だよな。
木の棒じゃ野生の動物に勝てないよな。
一つ銃を貸してくれないかしら。
 
まずはガンジス川に至るという大きな川をカヌーで向こう岸に渡る。
カヌーの上から遠くの川岸にサイが見えた。

対岸に着くと地面がズブズブに湿った草地を通り、森の中へ入っていく。
この時点で昨日買った靴と靴下はぐちょぐちょだ。
うげっ、スタートからこれか。と少し気が重くなりテンションが下がる。
 

森に入る時にラージエンドラは立ち止まり、私に注意することを教えてくれた。

「ともかくジャングルに入ったら油断しないこと。自然が相手だから安全の保証は出来ない。
ジャングルにはサイや象、虎、熊など大型動物もいる。もし出会ったらガイドと同じ行動をとって欲しい。
私達が止まったら止まり、逃げる時には逃げる。サイの場合はジグザグに逃げるんだ。オーケー?」

と言うラージエンドラの真剣な眼差しに唾をごくりと飲み込んでオーケーと頷いた。

カヌーで川を渡った向こう側は動物たちの世界
川の近くはぬかるんでいる 間もなくジャングルの入口

三人が一列になり、私を挟んで前後にガイドがつく形になる。
このフォーメーション、安心するわぁ。危険度がグッと下がる気がする。

たまにラージエンドラとプサンは前後を入れ替わる。
森に入ってからプサンの雰囲気が変わった気がする。
目が少し鋭くなり、表情に緊張感が感じられる。
さっきまでの遅刻してションボリ、話しかけてもポヤン。としてたプサンはいない。
この人、森の中の方がイキイキしてるんじゃないだろうか。
 
プサンの足音は静かでゆったりしている。
私などは足元の水溜まりや石や草を気にして下を向いて歩くことがほとんどだが、プサンはあまり下を向かずに全体を見ているようだった。
時折手を上げてピタリと止まり、私達にも静止を促して、匂いを嗅ぐように何かを確認する。それからまた歩き出すのだった。
動物の気配を感じているのだろう。
私にはさっぱりだ。

ラージエンドラが言うにはプサンはよく虎を見つけると言う。
実は虎はとても臆病な動物で普段とは違うちょっとした物音ですぐに逃げてしまうらしい。
だからこちらが先に虎の気配を感じとって近づかないと見つけることができない。
虎と出会うのは難しいのだ。
いや、あまり会いたくないけど。でも写真は撮りたい。安全に会いたい。
頼みますよ、ガイドさん。

しかし、森に入ってからのプサンを見ていると大丈夫な気がしてきた。
小さいはずの背中が今はやけにでっかく見える。おっと、近寄り過ぎただけだ。
 
ラージエンドラは私をとても気にかけてくれる。
「助けが必要なら言ってくれ、あなたの荷物を代わりに持つから。」と何度も言ってくれる。真面目で誠実な感じのいい青年だ。
鳥が好きらしく、目についた鳥は全て名前と特徴を説明してくれる。
荷物になるのに分厚い鳥の百科事典を持ち歩いていた。
彼の人柄をそのあたりからも感じることができる。
 
森の中は昨夜に大雨が降ったのでぬかるんでいるところが多くてひんやりしていた。とても静かだ。
しかし、耳を澄ますとあらゆる音が溢れていた。
光る緑の木々にさえずる鳥達の声。
地面を押し上げてくるような虫達の合唱。
サラサラと近くを流れる川の音。
そして、ふとした拍子に何かさえわからない動物が遠くで吠える声。
それらの音も、大抵は私達が歩く「ザッザッ」という音の大きさにかき消されていくのだった。
 
出来るだけ音を立てないように歩く。
動物達が逃げないように。
動物の動く音や唸り声などの気配を聞き逃さないように気をつける。
けれども私などはどうしても枝を踏んで「パキリ」水溜まりを踏んで「パシャリ」と音を出してしまう。
プサンみたいに静かに歩けない。

ひょっとしたら彼の履くビーチサンダルが柔らかくていいのかもしれない。

そう、彼はビーチサンダルで森を歩く。わざわざ靴を買った自分がバカみたいだった。

慣れない新しい革靴を履いたので靴擦れして足が痛くなってきていた。

ごめんなさい。靴を売ってくれたおばちゃんに心の中で謝って、私も小休憩の時に履き慣れたサンダルに変えた。
足全体をカバーするタイプのサンダルなのでプサンよりは防御力が高い。
靴下だけは履いたままにした。

プサンの剥き出しの足にはたまにヒルがくっついていて、彼は無造作にピッとヒルをとって捨てる。

ワイルドやなぁ、プサン。

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