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自分の中にある凶器を想像してみる。

時刻は夜更け、いやすでに明け方だったかもしれない。
突然の呼び出しに駆けつけた頃には暗がりの空が、一通りの現場検証を終えると、帰りがけにはもう明るくなっていたことは確かだ。
KEEP OUTの黄色いテープがぐるりと張り巡らされていて、
幾人かの警官がそのテープの前で仁王立ちしている。
一瞥をくれてそのテープを跨ぎ、さらに奥まったところのブルーシートをくぐると、床に白くチョークで縁取られた人型。
そして、現場にはいくつもの遺留品が残されていた。
さて、犯人の使った凶器は?


あなたがもしも誰かを傷つけてしまったとして、
それはどんな凶器を用いたと思いますか?



以下、現場に残されていた凶器と考えられるものの一覧です。

・切れ味の悪いペーパーナイフ
・言葉(口)
・フォーク
・錆びれたゴルフクラブ
・視線
・紙(本)
・氷(柱)
・態度(無関心)
・サブマシンガン
・洗濯バサミ
・刃物(ナイフ、包丁、ハサミ、カッター)
・菜箸
・鈍器
・画鋲
・ビューラー
・車
・傘
・靴のヒール
・拳(メリケンサック)
・吹き矢 など





犯行に使われた凶器<言葉>

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語気を荒めて鋭い言葉を放てば、
何気ない一言にも角が立つ。
それに対して、ただのかすり傷に大騒ぎをする人もいれば、
辺りどころさえ悪ければ、立ち直れないほどの深手を負って、致命傷になることもある。
自分の口から出た言葉、描いた筆の跡、指が押した文字列、どれをとっても切れ味は変わらないし、
時に諸刃ともなって自分をも傷つける。
「自分なんて。」という言葉も自尊心に対する自傷行為にも近いのかもしれない。
そう思えば、現実はさながら刃が飛び交うタイプの罠が仕掛けられた地雷原のようにも思う。
それぞれの普通を生きて、全く傷のない人生など、
よほど厳重警戒な箱入り娘、息子でもない限りあり得ない。
いつ、どこから刃が飛んで来るかわからないし、
気づかぬうちに自分が誰の喉元に何を突き出しているかもわからない。
きっかけは何気ない口論だったかのように思う。
現場には沢山の言葉が散乱していた。
心無い尖った言葉が、いくつかは刺さり、柔らかかった何かを切り刻んでいた。





犯行に使われた凶器<車>

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私は免許さえあれど、しばらく運転をした試しがない。
その一番の理由は、怖いから、である。ただ、大いにビビっている。臆病者だ。
もちろん都市部の生活環境のせいもあるだろうし、
仕事の中での自分の役割に関して、その必要性が薄いという幸運も大きいのだけれど。
逆に助手席を専門に心地よい相槌を打つことに関しては定評があるし、
トイレの時間におけるタイムマネジメント、膀胱周りの自己管理能力にも自信がある。
またそれと同時に、車があることによって生まれている、沢山の楽しい出来事、幸せ、が今日も世界をまわしていることに関して、製造やその運転に関わる全ての人々を尊敬もしている。
ただ、その反面、時折流れる悲しいニュースに、自身の思い出を重ねて胸の奥のところがキューっと締め付けられる。
100%完全な人間なんてあり得ない。
(そもそもではあるが、基本的に100%をうたうものに関しては、まず疑ったほうがいい。)
そんな人間が作るものに、100%の安全なんてあり得ない。
現場は霧状になった混乱と動揺にに包まれながら、一台の車が原型を想像しがたい形で、逆さまになってひっくり返っていた。






犯行に使われた凶器<菜箸>

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料理家は常に疑問に思っていた。
動物を飼う、ということ、そして食物を食べる、ということの合間で揺れていた。
切り身となってプラスチックのパックに詰められていた何かの肉と、自身の膝元で今日も天使のような寝顔を見せる愛犬、その命の尊さに、その儚さにはどんな差があるのか。
ペスカタリアンとベジタリアンについて学んだ。
そもそも何を口に運ぶのも最終的には個人の自由。自分を制限することはあっても、他人の行動や嗜好を制限することはいささか、憚られる。
「どうやら魚には痛覚がないらしい、でも、それは本当に確かなことなのかい?」
生きた魚を捌く時に、勢いよく跳ねる仕草と、その痛覚の有無が理屈としてうまく繋がらないでいる。
「そんな風に思うならヴィーガンやベジタリアンはどうかな。」
ただ、それで言うと、植物にも感情がないというのは果たして信じられるものなのだろうか。綺麗な言葉を話しかけながら育てるのと、汚い言葉を話しかけながら育てるのでは、その果実の実り、結果が違うと何かで見たことがある。
「それは飴と鞭でいう、飴の話か、鞭の話か。どちらかわからないよ、褒めても貶しても伸びるタイプかもしれないし。」
単にストレス、負荷をかけると果実が甘くなるなんてこともある。
「水が綺麗な言葉をかけると綺麗な結晶が出来るような話なんて無かったっけ?」
つまりは元を辿ると水にも心があって感情がある場合について考えざるを得ない。
料理家はキッチンで衰弱した状態で見つかった。愛犬が執拗に吠えているのを不審に思った近所の人が通報した。
空っぽのフライパンと鍋をコンロにただ並べただけで、菜箸を強く、強く握りしめて離さないまま見つかった。





犯行に使われた凶器<ビューラー>

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私はまつげを綺麗にカールさせることに命を賭けていた。
そして出来上がる自身のまつげを誇りに思っていた。
マツエクでもなく、まつ毛パーマでもなく、
自分自身の理想の弧を描くことに執着していた。
いつのまにか通り過ぎる全ての人のまつ毛を採点する癖がついていた。
あの人はカールが甘い70点。外側のエクステが少し不自然80点。
接着剤であるグルーが目に少し入ってしまい充血している、論外、4点。
そんな中、通勤の乗り換えのためのターミナル駅のとあるマスカラの広告、女の子の写真が目に留まった。ヨーロッパの血が入っているのか、全体的にグレー味がかかった毛の色はそのまつげにも反映され、今にも漕ぎ出せそうな三日月のように神秘的で美しいカールが、静止画でありながら柔らかく揺れて見えた。
帰り道の度に睨みつけ、その姿、形を、目に焼き付け、その日以降、仕事終わりに寄り道をせずに直帰し、すぐに、それを再現することに固執した。
右のまつげを両端の毛の一本も逃さぬように掴んでキュっと挟み込み、クイッとほんの少しずつ、5度ずつ角度を上げていく上に持ち上げる。同じ要領で左のそれを続ける。どうしても理想通りのまつげにならない。季節を跨いでもそれに執念を燃やしていた。
積立式の絶望を募らせ業を煮やした私は、ある日その瞼を火傷で傷つけたホットビューラーのうちの1つを持ち出し、駅の広告の前でその写真の女の子と対峙していた。
ビリビリに破り捨てられたポスター。
集まった警官数名に絶叫しながら取り押さえられていた。
のちに彼女の自宅から発見されたのは目測で百本以上、
世界中のものが敷きつめられるかのように部屋を埋め尽くしていた。




犯行に使われた凶器<洗濯バサミ>

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発端は相手のささやかな放屁であった。
放屁にも善良なものと悪質なものがあると考えられるが、どうやら後者に違いなかった。相手方の放屁に耐えかねた容疑者は自身の鼻を洗濯バサミで挟むことによって、態度で相手に対する主張を明らかにした。
それに対して激昂した被害者はカゴに入った大量の洗濯バサミを持ち出し、2人の間にドスンと置いた。
そこから先、2人は間にあるルールを設けた。
そして、どちらかがそのルールを破る度に、相手の好きなところに洗濯バサミを1つ取り付けてもいいという具合に。
洗濯バサミは本来の製作意図と反し、我慢比べや罰ゲームといった、
いっときの娯楽に興じられる場面にもしばしば見られる。作った人は一体どんな気持ちで、その娯楽を目にしているのだろうか。
そのゲームはどうやら数日間続き、その最終的な結末は、あっけなく、意外な形で迎えられた。
身体の突起という突起に洗濯バサミを挟み込んだ形跡があり、
何かの拍子にそれを一気に引っこ抜いたところ、勢い余って、どうやら後頭部を建物の柱に打ち付けたらしい。
現場には大量の洗濯バサミが残されていた。






あなたがもしも誰かを傷つけてしまったとして、
それはどんな凶器を用いたと思いますか?

先日、このnoteを使って、こんな質問を投げかけました。

もちろん仮定であり、<もしも>の話です。
上記はその中で誰かが選んだ凶器による、適当な妄想です。
言葉を放つ時、車を運転する時、
料理をする時、化粧をする時、(放屁をする時)、
見知らぬうちに誰かの恨みを買っているとしたら。
選んだ凶器から、
自分が加害者になる可能性について想像すること。
逆を言えば、自分が被害者にならないため、ということの裏返しでもあります。

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傷だらけになって学んだことさえあれど、
誰かを傷つけて得したことなど、今だかつてこれっぽっちも、ひとつもないように思えます。皆さんはどうでしょう?

長文で失礼。最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
皆さまの良き週末を願っています。


BIGMAMA 金井政人

褒められても、貶されても、どのみち良く伸びるタイプです。