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父の帰宅 16

ヒサコさんの家庭環境もそうとう歪んでいる。まず両親ともに不倫をしていた。さらに父親はアルコール依存症。アルコールが入ると妻に暴力を振るう。母親は仕事先の相手と不倫していた。

そこにはアルバイトの女の子がいた。母親はその子を我が子のように可愛がり、仕事先でもうひとつの家庭を築いてしまっていた。そしてヒサコさんとそのアルバイトの女の子を比べてヒサコさんを罵り続けた。

あんたは不細工だ、頭が悪いと。両親は常に喧嘩が絶えず、離婚の危機を迎えるが、そこに親戚が割って入った。ヒサコさんの両家ともかなり特殊な家系だ。恐ろしいほどに世間体を気にする。離婚もそのひとつ。自分たちの親族に離婚した人間を作るわけにはいかなかった。

両親は離婚を留まった代わりに父親は老後の面倒は絶対に見ないと妻に告げた。それから母親は金に執着し始める。金が人生のすべてだと。それを散々ヒサコさんは刷り込まれ続けた。母親は身体が壊れる寸前まで働く。そして貯まった金を数えることが唯一の趣味とっていいほどだ。

子どもの頃に親に刷り込まれたことは刷り込まれた当人にとってはそのとおりになってしまう。ヒサコさんは誰の言葉も信じていなかった。母親にいつもいわれていた。あんたに親切にしてくれる人は下心がある、あんたに同情してくれるのはあんたの不幸を喜んでいるからだと。

母親の言葉を聞いていれば絶対に間違いがない。それに背いて何かをして失敗したならば二度と家には返ってくるなといわれていた。

ヒサコさんは姉のユウカさんとも常に比べ続けられた。ユウカさんは普通のOLだ。しかしヒサコさんは留学やワーキングホリデーで海外へ行き、自分のやりたいことを優先して生きていた。ユウカはこれだけ貯金がある、あんたには何もない、どうせ結婚もできない人生の落伍者だと。

ヒサコさんはそんな信じられないような母親の言葉から逃れるためにいつの間にか、自分が一番素晴らしい人間で、自分に心底自信を持っているかのように思い込んでしまうようになった。しかしいったんトラウマが明らかになりポジティブだった仮面が剥がれたら、その分だけ恐ろしいほどの自己嫌悪に苦しむようになる。

自己評価ができないのだ。そして他人が評価したことは嘘に聞こえてしまう。これからヒサコさんはトラウマに苦しみ続けるようになる。トラウマが何かすら分からないし、今でも十分苦しいのに過去のことを思い出したらもう持たないと。それまで絶対に口にしなかった自殺という言葉もヒサコさんの口から出るようになる。

しかしマサが少しずつ、真実にしてしまっていた母の言葉を消すようにヒサコさんをサポートしていくようになる。

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