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第1章 ヨウとおジィ 昔ばなし 03

「何歌ってんのかさっぱり分んねーな。こんな音楽じゃ英語のヒアリングの勉強にもならんだろう、こんなもん聴いてる暇ねーだろ? このままだと行く高校ないぞ」と西脇がいった。世界で妙なテロが頻発し、ばたばたと人が死んでいる。その事実より進学がすべてにおいての優先事項となる中学校の現状に強い違和感を覚えた。


西脇の言葉自体は聞き流すことができたが、大切なヘッドホンを穢され、ちゃんと聴いたこともないレッチリの唄を一瞬で吐き捨てた西脇が、許せなかった。僕は西脇がいる目の前で、鞄に荷物を詰め込み、そのまま早退した。中学生になった僕にとって、無断で早退することなど、別にたいしたことではないが、嫌々ながら学校へ行くという行為を、なんとなく誤魔化しながら自分に課していた。でも西脇の耳の中の色んな汚いものが、学校へ行きたくないという僕の思いを正当化した。

愚痴しかいわない母親も、後ろめたさ満点で浮気をしている駄目親父も、僕は無視をすることにした。もっとも親父とは最近顔を合わせていないが。僕は部屋にこもって、レッチリとニルバーナとニール=ヤングとブルーハーツとナンバーガールのアルバムを順番に聴きながら、ベッドに寝っころがって天井を見つめた。

学校へ行かなくなってしばらくしてからは、音楽を聴きながら天井を見ることが僕の生活の大部分になった。そして夕方になると、僕は走った。小学生のころから、練習が休みのときは、ひとりで河原をジョッグしたり、ダッシュをしたりした。

別に僕が取り立てて努力家なのではなく、走った後、体が綺麗になったような気がして、気持ちいいから、僕は走る。競争じゃないから、僕は河原のランニングが好きだった。学校に行かなくなってからは、四時きっかりから、ダッシュを開始する。

「オシッ!」野球部と同じスタートの掛け声で、僕は走り出す。これがないと、太腿に力が入らない。オシッ。オシッ。会話がない。学校へ行かなくなって、何にも帰属していない。きつかった。猛烈にきつかった。頭がいかれるんじゃないかと怖くて、だから僕は、レトリバーやミニチュアダックスがご機嫌で散歩されている穏やかな河原で、オシッ、と大声を出して、走り続けた。

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