父の帰宅 17
後にヒサコさんとわたしは会うことになる。ヒサコさんは美人だ。そしてヒサコさんは高校時代は関西私立大学でもっとも偏差値の高い同志社大学の推薦枠をもらっていた。自立して働かなければいけない、お金を稼がなければいけないと思い込んでいてしまって推薦枠を自ら断る。
普通の学生、親ならば涎をたらしてでも欲しがる推薦枠だ。ヒサコさんはマサにいっていた。今考えると勉強がしたかったと、マサ君みたいに無理にでも大学に行くべくだったと、あのときにもう少し自分に考える力があればと。
マサと同じく親のエゴに振り回されてしまった、素晴らしい人間だ。しかしヒサコさんは自分の努力で英語を学び、ほぼネイティブ並みに英語を話す。高卒で大手英会話スクールのマネージャーになっている、立派なキャリアウーマンだ。
翌日マサは橋本先生の診察日だったが、自分のことはそっちのけで昨日のことを先生に話してヒサコさんの心理状況を分析してもらった。
「家庭環境から自分たちを守るために、お姉さんと彼女の間に強い依存関係が生まれていますね。普通の姉妹関係ならばお姉さんが不倫したくらいならば、ああ馬鹿なことをしているなくらいで済む問題です。これほどの錯乱を起こすのはまあ、普通じゃありませんね。そしてお母さんは娘たちをコントロールしようと必死になっている、共依存の状態ですね」
「僕は一番心配なのは、最悪の事態にならないかと」
「それは大丈夫ですよ、自殺するときはほんとに誰にも何もいわずにひっそりと死んでいくものです。少なくとも湯浅さんに頼ってますからね、それは心配しなくてもいいですよ」そういった後先生は診察テーブルの後ろのある書棚から一冊の本を取り出した。
「湯浅さんにはまだ本を紹介してませんでしたね、この本はいわゆる家族の問題などで心に傷を受けた人の回復に役立つと思います、彼女にも読んでもらってもいんじゃないですかね」橋本先生は西尾和美の著書、『心の傷を癒すカウンセリング366日』の文庫本を紹介した。
マサは帰りに本屋でその本を買って、本を熟読し、自分に当てはまるところには付箋をはって何度も何度も自分にいい聞かせた。
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