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第1章 ヨウとおジィ 昔ばなし 02

野球部を引退して、少し燃え尽きたのかもしれない。十キロも二十キロも走らされたり、今どき古タイヤを引きずって何十本も五十メートルダッシュを繰り返したり、暗くなってボールが見えなくなっても、軟式だから顔面に当たってもなんともないという鬼監督のノックを受け続けたり。

ただ僕は、スナップスローのときにボールが指に掛かる感触や、グラブの芯にぱしっとボールが納まる感触が、とても好きだった。野球の原点みたいなそういう感触が好きで、それがあったから僕は大して巧くもないけど、野球を続けることができた。そういう感触は、僕が中学生として生きていく上でとても大事だった。

それまで集中するものがあったからとりあえず無視できたが、引退後は家ではうだつのあがらない親達の駄目っぷりが本当にしんどく感じられた。学校に行けば、とにかく毎日進学に向けての受験対策だ。大半の生徒は普通科に行く準備をさせられる。

普通科にいけば、普通になってしまうんじゃないか? 僕はそう思ったとき、とても不安になったし、勉強をする意味みたいなものを完全に見失ってしまって、同時に、自分の立ち位置みたいなものを見失ってしまった。

家庭や進学の問題とはほかに、世相も少し関係していたかもしれない。僕がただ怠けていることのいい訳にしただけかもしれないけど。世相というのは、アフガニスタンの首都カブールに派遣されている米軍兵士が、地元の十二歳の少女を強姦して、その映像が、誰でも閲覧できる動画投稿サイトに掲載されたのだ。

僕もそのサイトを利用していて、もちろん見たかったわけじゃないけど、興味本位というものもあって、無残な少女の映像を、最初の方だが、見てしまった。その夜、最初泣き叫んでいた少女が、徐々に抵抗しなくなる映像が頭に張り付いて、怖くて、そして自分が死ぬほど無力に感じられて、眠れなかった。その後、その映像はサイトの管理会社によってすぐに削除されたが、世の中の反応は激しいものだった。

アメリカのサクラメントという都市の三十代の男が、まず、自爆テロを敢行した。その後も、世界各地で、「諦めテロ」と呼ばれる、無関係な人間を巻き込んで自殺するという、馬鹿げた行為が横行した。毎日そんなニュースが続いて、僕はなんだか、いつも気持ちがそわそわして、動悸がしたり、夜眠れなくなったり、食欲が減退したりした。そして、担任の西脇が、軽い致命打を僕によこした。

学校の休み時間、初期のレッチリのアルバムを聴いていると、担任にそれを咎められた。担任の西脇は、イヤホンを僕の耳から外し、自分の耳へ入れた。それだけでも耐え難い行為に思えた。学年集会で、いかに生徒を早く整列させるとか、そういうことを命懸けでする男で、絶対に油ぎっている西脇の耳に、お年玉で買ったアメリカ製の大切なヘッドホンを差し込まれることが、僕には耐えがたかった。

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