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父の帰宅 23

橋本先生はトラウマに関するスペシャリストの精神科医だが、トラウマを抱えた患者ばなかりではなく、さまざまな症状の患者を診ることは当然で、時間的な制約も生まれる。橋本先生がじっくり過去をヒアリングする必要があると判断した患者は、臨床心理士が対応する。マサの担当の臨床心理士はキョウカ先生だ。

わたしは後に橋本クリニックを訪れることになったが、キョウカ先生のカウンセリングルームは南側に大きな窓があって非常に日当たりがよく、先生の趣味である観葉植物や小花が上手くレイアウトされていて、とても心地よい空間になっていた。反対に橋本先生の診察室は学者の研究室のような印象で、大きな書棚には分厚い精神分析を中心とした医療系の学術書がびっしりと並び、加えて先生の趣味だと思うが、診察室のオーディオ機器は目が飛び出るほど高価なものが設置されていた。

「アルバイト見つかりました?」

「はい、なんとか、週末だけなんですけど」

「よかったですね、じゃあ今日は三〇分ということでいいのかな」

「はい、お願いします」

「ではまず、ご家庭の事情を聞き取らせてもらいますね」

「はい」

「今現在は誰とお住まいですか」

「母親と父方の祖父と祖母です」

「父方? お父さんの方のおじいさんとおばあさんですか」

「はい」

「ご兄弟は?」

「姉が二人います、どちらももう家を出ていて独立しています。長女は結婚しています」

「お母さん側のご両親は?」

「おじいちゃんは僕が高一のときに亡くなっています、おばあちゃんは再婚後のおばあちゃんなので僕とは血は繋がっていません」

「んっ?」

「ややこしいですね、僕の母親はおじいちゃんの初婚の娘で、母親の実の母親は蒸発しています。それでおじいちゃんは再婚して、一度目の離婚で母親が実家に帰って僕らが一緒に暮らしていたのは僕の実のおじいちゃんの後妻さんです」

「ちょっと待ってね」

「すいません、複雑で」

「ということは湯浅君は実の母方の祖母を知らないということだよね」

「あっ、そうなりますね、自分でも気づかなかったです」

「ちょっと複雑ね、それでお父さんは蒸発してもういないのね」

「はい、去年の末に一度ふらっと帰ってきましたがまたどっかに消えました」

「そうか……、これからの治療方針なんだけどまだ過去のことのをこっちとしても把握してないから、ちょっときついことを思い出してもらうことになると思うけど、大丈夫かな」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ今回はこれくらいにしておこうかな、お大事に」

「ありがとうございました」

***

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