父の帰宅 10
「典型的なパニック障害の症状ですね、これは事故の以前からということでいいですか」
「はい」
「このお父さんが突然帰ってきたというのは、現在は一緒に暮らしてないわけですね」
「はい、一日だけふらっと家に立ち寄りました」
「お父さんと暮らしていないという理由は離婚かなにかですか」
「離婚はもちろんしていますが、結局は法的に離婚状態になった感じです。僕が一一歳のときに借金作ってどっかに消えました。それから何の音沙汰もなかったんですが、今年の一〇月に突然、いつものように帰宅する感じで帰ってきました」
「なぜ、電話の音や玄関の開く音に異常に反応するのですか」
「また父親が帰ってきて、父親がいた頃のような家庭環境に戻るのが怖いのかもしれません」
「どんな家庭環境ですか」
「うちは僕が三歳のときにこの同じ両親が父親の不倫が原因で一度離婚しています。それからは母親の実家で僕が六歳になるまでは母方の祖父母と暮らしていたのですが、それから何が理由か知りませんがまた同じ親どうしで再婚しています。その後また父親の蒸発をきっかけに離婚しています。その間父親と母親は常に喧嘩をしていて僕はただ布団に包まって耳を塞いでいることしかできませんでした。そのときの恐怖感に似ています。それで勝手に身体が反応してしまうかもしれません」
「波乱万丈の人生を送っていますね、お父さんは」
「そうですね、参ります」
「このお父さんとお母さんが夫婦喧嘩をしている状況を今思い浮かべて辛い、怖い、といった嫌な感情が一〇の内数字で挙げるとどのくらいですか」
マサはしばらく考えた。「二、ですかね」。橋本先生が数値をカルテに書き留める。
「二、ですか」
「はい」
「湯浅君の場合、ちょっと家庭環境が複雑なので心理カウンセリングを受けましょうか、隣の部屋に専門のカウンセラーがいるので」
「わかりました」
「じゃあ、お薬はソラナックスが毎食後とパキシルが夕食後、デパスが不安時、道眠剤がマイスリーでいいですね」
「はい、お願いします」
マサが立ち去ろうとした瞬間橋本先生がマサに向かっていった。
「湯浅君は前向きに頑張ってるので必ず幸せになりますよ」
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