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第14話 リーダーが持つ古くて新しい人間についての仮説

 今回もお読みいただきありがとうございます。2022年最初の著作となります。一生懸命書かせていただきますので、今年もよろしくお願いいたします。前回第13話では、マグレガーのX理論、Y理論を紹介し、リーダーのフォロワー観の差異がリーダー行動の差異につながることを、単純化してお話ししましたが、人間観は単純に白か黒か2極に分かれるものではありません。  
 今回は、人間についての仮説についてもう少し拡大して考えてみたいと思います。今回は、社会心理学者のシェインの提唱する「合理的経済人」、「社会人」「自己実現人」「複雑人」の4仮説を紹介し、その人間観を持つリーダーのリーダー行動がどのような差異につながるのかについて考えてみたいと思います。
 「合理的経済人」について、この仮説では、人間は自分の利益を最大化するように行動を計画し、かつそのように行動するという考え方に由来しています。この仮説では、経済的報酬を与えることが最も有力な部下社員を動かす要因になります。シェインによれば、この仮説はマグレガーのX理論に対応しているとしています。現在でも、多くの管理者はこの考え方を支持しています。また、お金がないと生活ができないことを考えれば、ある程度において正鵠を射ているとも言えます。しかし、仕事をしたことがある人なら、すぐに気づくと思いますが、人間は合理的に経済的報酬のみで動いているわけではありません。自身にとって何の利益もないのに、意地やメンツやプライドのために仕事を遂行することも多くありますし、二日酔いのときや体調不良のときなどは合理的な判断に欠けることもしばしばあります。危険なのは、組織やリーダーが、「合理的経済人」の仮説によって組織運営をしていくと、組織が本当にこの仮説のとおりになっていくということです。
 社員を、無関心で、社員同士敵対的で、経済的刺激だけでしか動機づけられないと考えていれば、社員に対する管理施策も、社員同士に競争心を持たせ経済的刺激だけでしか動機づけられないように教育、訓練し、実際にそのような組織文化を作り上げてしまうことです。

 「社会人」仮説についてはどうでしょうか。この仮説は、人間には、仲間に受け入れられ、好かれたいという欲求が、経済的報酬と並んで、あるいはそれ以上にあるという考え方に由来しています。この仮説を持つリーダーは、部下社員が動くのは、部下社員の集団への帰属感や一体感などの感情が中心になると考えていますので、外的刺激である経済的報酬により動機づけたり統制したりするのではなく、部下の欲求や感情に対する配慮や共感を示すような行動をとっていきます。具体的には、部下社員の言動に耳を傾け、部下社員の欲求や感情を理解しようと努めていく行動を多くとるものと考えられます。つまり、この仮説では、仕事の主体性は、リーダーから部下社員の集団へ移行し、リーダーは、仕事の創造者、動機づけをする人、統制する人であるよりもむしろ部下集団が目標を達成しやすいようにする人、部下社員に対する共感的な支持者であろうとします。
 「慣性の法則」という物理学の法則があります。どのような法則かといいますと、電車に乗って立っているときを想い出して下さい。駅に停車していた電車が走り出した瞬間、進行方向とは逆の向きに体が引っ張られて倒れそうになります。これは、体がその場に止まっていようとするからです。反対に電車が減速をはじめると、進行方向に倒れそうになります。これは、体がそのままの速度で進行方向に動き続けようとしているからです。いずれも、「物体が常に現在の運動状態を保とうとすることから起こる現象」です。この、「慣性の法則」は、人の認知にも当てはまります。心理学では「認知慣性(cognitive inertia)」と呼ばれています。人の認知にも、古い信念を放棄することを拒否したり、嫌がる傾向があるということを意味しています。つまり、自身を取り巻く環境が変わったのにもかかわらず、現状を良しとし変わりたくないという習性があるということです。組織の外部環境が変わって、組織変革を遂げていかなければ組織が生き残れなくなった昨今においても、「社会人」仮説を持つリーダーは、何よりも部下社員の共感を重視しようとしますから、部下社員の変わりたくないという、部下社員のこういった「認知慣性((cognitive inertia)」をも重視してしまいます。こうなると、組織変革などできなくなってしまいます。夏目漱石の小説『草枕』の冒頭の一節に、「情に掉(さお)させば流される」という記述の一部がありますが、まさに「社会人」仮説を強く支持する、部下社員の感情に気遣ってばかりいるリーダーは、部下集団に足をすくわれるかもしれません。

 「自己実現人」仮説についてはどうでしょうか。この仮説は、人間は、ただ動物的な欲望や感情に振り回されているのみではないし、経済的刺激が与えられるのを待っているだけの受け身の存在ではない。人が仕事をするのは、自らの知的好奇心や自己実現欲求に突き動かされているからであるという考えに基づいています。「自己実現」とは、心理学者であるマズローの欲求階層説の自己実現欲求に対応するものです。ご存じの方も多いことと思いますが、マズローの欲求階層説とは、人の欲求は相対的な重要性によって階層をなしており、低次のレベルの欲求が満たされると、次に高次のレベルの欲求が出現してくるという考えに基づいて、低次なものから、「生理的欲求」、「安全の欲求」、「所属と愛の欲求」、「尊重の欲求」、そして最高次の欲求が「自己実現の欲求」とされており、「自己実現の欲求」は、満足によって欲求が弱められるのではなく、逆に強められるとして、他の欲求と区別されています。この仮説は、マグレガーのY理論にも似ています。この仮説を持つリーダーは、自律、やり甲斐、自己実現という比較的高度な欲求を強調し、この欲求はすべての人が持っていると考えているので、どのようにすれば、部下社員の仕事をやり甲斐のある、意義深いものになるかという点に力を注ぐでしょう。このことは、とても大切なことですが、さまざまな欲求の階層にある人とともに仕事をしていくのが現実の組織ですから、すべての人が、同質に、やり甲斐や自己実現を積極的に求めると考えるには無理があります。また、低次の欲求が満たされていても、例えば、「尊重の欲求」である、地位や名声を達成した人でも、ますます地位や名声のみにこだわり続け、自己実現を求めようとしない人がいることも確かです。つまり、人間は、「合理的経済人」や「社会人」や「自己実現人」よりもはるかに複雑なものです。このような考えに立つのが「複雑人」仮説です。

 「複雑人」仮説を持つリーダーは、部下社員の能力や動機は様々であることを認識しているので、リーダーはその差異を敏感に感じ取り、それぞれの部下社員を違ったように扱います。つまり、時と場合によって、指示的に振舞ったり、あるいは非指示的に振舞ったりするでしょう。また、仕事によっては、やり方を決めたり、完全に部下社員に任せたりするでしょう。状況の要請により、ふさわしいリーダー行動を選択するでしょう。
 シェインがこのような考え方を提唱したのは、1965年のことでした。前回13話で紹介した、マグレガーのX理論やY理論をさらに発展させた考え方として、現在でも多くの管理者や組織が持ち合わせている部下社員の人間観です。

 リーダーのフォロワーに対する人間観の差異が、意識すると、しないと、にかかわらず、リーダー行動の差異につながっていく。一人でも部下を持ち、リーダーシップについて考えるようになったら、自身が部下社員をどのように考えているか、そして、その考え方に基づいて、自身のリーダー行動が規定されているということを良く理解しておくことが必要です。

(参考文献)
Schein,E.H.(1965),”Organizational Psychology”,Prentice-Hall.(松井賚夫訳『シェイン 組織心理学 現代心理学入門10』岩波書店,1966年。)


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