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小説『愛子の日常』 本編7

~セントの過去~

「大丈夫だよ」

セントのスマホにメッセージが届いた。

見ると、さやかからだった。


なんでも、今日退院をして家でゆっくり休んでるとの事だった。

セントは久しぶりにさやかと待ち合わせをした。

場所は職場の近くの公園だ。


この日は平日だったが、セントはぱっぱと仕事を切り上げ公園に向かった。


セントが公園に着いてから20分後にさやかはやってきた。

頬はやつれ、身体は痩せ、なにか疲れきった表情だった。

セントはその姿を見て何も言葉が出てこないでいた。




「バカンスはどこに行くの?」セントがなんとか絞り出した言葉がこの言葉だった。

他に言うべき言葉があっただろうと本人も思ったが、とっさに言ってしまった以上、言った言葉を修正するわけにもいかず、さやかの反応を待つしかなかった。


「ねぇ、私がいなくて寂しかったでしょ」
セントの不安をよそに、さやかは今の言葉を聞いていなかったかのようにセントに問いかけた。

セントは何も答えなかったが、目は潤んでいた。

「青い瞳に、金色の髪の毛。あなたは星の王子様なんだから、寂しがらずに堂々と待っていればよかったのよ。」
さやかは唐突に話し始めたかと思うと、先程のセントの言葉に答えるように「バカンスは私は日本に帰るよ」とセントに伝えた。



「実はね、僕は昔(さやかには言わなかったけど)母親と大喧嘩したことがあるんだ。破門されるぐらいの大喧嘩をね。」
セントはやっとの思いで口を開き、さやかがいなくて寂しかったことをさやかに悟られまいと(もう悟られてはいるのだが、セントはそのあたりは鈍感だった)、懸命に話し始めた。

「あれは、小学校5年生ぐらいだったかな~」

「あの時は、無理やり教会に行かされて、教会に行ったら行ったで『祈れ!聖書を読め』って牧師が言うんだ。僕は嫌になって『なんでそんな事をしないといけないのか?神様がそれをしろって言ったのか?』って聞いたんだ。そしたら牧師は『そうだ』って答えた。だから僕は言ったんだ『僕は神様からそんな事言われてない。もう宗教なんて信じない。神様だけ信じて生きる』ってね。それから親と大喧嘩になって、それ以来僕は教会には行ってない。」

さやかはセントの話を親身に聞いていた。

「だから、さやかとの結婚もどんなに母親が反対したって、結婚はできるからね。僕は一度言い出したら誰の話も聞かない性格だってことを親も分かってるしね。」

セントがそう言うと、さやかは「大丈夫だよ」とセントをなだめるように言った。
「結婚はできる。それが運命なんだから。」
セントがなぜそういう話をしたのか、さやかはなんとなくだが理解していたのだった。



「でもさぁ・・・」
セントは今まで不安や孤独で苦しめられてきたことから吹っ切れたかのように、泣きそうな引きつった顔が晴れ、清々しそうな雰囲気で話し始めた。

「何で、学校では宗教の自由が認められているって言っているのに、家では宗教の自由すら認めてもらえないのだろう?」

この宗教という厄介者は、幼い頃のセントの心をずっと苦しめていた。神様はいるのにどうして宗教があるのだろうとも思ったし、死後の世界の事に干渉する宗教は、人間がコントロール出来ない未知の世界の事までも口を挟もうとする図々しさがあるとセントは感じていた。

『死後の世界の事なんて、神様に任せておけばいいじゃない。どうして皆、神経質になって、宗教の教えだけに忠実に生きているのだろうか。宗教の教えだけに囚われていると本当に大切なものを見失うよ。』それが、セントが幼いながら大人達に訴え続けてきた事だった。



「私は、宗教のことは分からない。でも神様はいると思うよ。神様は信じた方がいいよ!」
さやかがいきなりセントを説得するかのように話し始めた。

セントはこのさやかの言葉に、多くの大人たちが口うるさく話す言葉のような宗教の匂いを感じなかった。

「さやかにとっての神様って、どういう存在なの?」セントは思わず聞いてみた。

「う〜ん、、、」さやかは悩んで何も答えられなくなったが、ふとこんなことを話した。
「神様はね、サンタさんと同じなんだよ。サンタさんはプレゼントをくれるでしょ。神様は祈りを叶えてくれるの。だから神様は信じた方がいいんだよ。」

セントはそれを聞いて、「これだ!」と思った。

セントはさやかに言った。
「きっと僕達は同じ神様を信じてるんだよ。宗教とは無縁のサンタクロースのような神様をね・・・」

セントはようやく、自分の信じていた存在とは何者かを理解した。幼い頃から神さまに祈り助けを求めて来たけれど、その神さまとキリスト教の教えている神様は違うのだという事を、明確に区別したのだった。

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