社会と白髪たち(20200719)

 僕の頭には白髪が生えています。それもかなりの量が。

 パッと見ではあまり気付か(れ)ないのですが、暑くなったり集中が切れたりして中村アンよろしく髪をかき上げると、そこには一面の銀世界が広がっています(特に後頭部)。喩えるならブラックジャック、とまではいかないけれど、たまに来る部活の副顧問くらいです。

 両親曰く、遡ると生まれて数ヶ月の時点から数本の白髪が見られたそうです。最初は心配したものの両親も白髪が多いのであまり気に留めていなかったようで、僕も大して意識していませんでした。

 しかし物心付き、色気付く年頃になりますと、コンプレックスに似た“恥ずかしさ”を感じるようになりました。ひとには滅多に気付かれないものの、ノーマルなひととは違うという感覚。だからか、体育の授業とか教室の隅でのジャレあいとか、正面にいない人が自分に注目するような機会は、馴れ合いが性に合わないという以前に、「何か言われたり思われたりするのではないか」と感じてあまり好きになれませんでした(また「若白髪が金持ちになる」という迷信を持ち出すあなた。ナンセンスです。相手が負い目に感じている話を拡げたところで、その場は盛り上がっても、当人はプラスにならないですから)。

 それから数年が経ち、僕は大学生になりました。周りの連中は酒を飲み肉を焼き髪を染めながら、もっともらしく政治や社会に文句を垂れています。いかにも気が大きくなり、名残惜しさに足跡だけ残して、ひとはそう変わるものじゃないのに周りに染まりたがっているなあと細目で眺めるなどしています。

 一方僕は、これまでと同じような文化を摂取し、見た目もメンタルも何も変化や成長がありません。それがカッコいいことだとも思っています。要するに留まったがってるだけですから、本当は良し悪しなどありません。

 でも、白髪くらいは染めてみようかな、と思いました。さすがに進まないと。中高が公立だったのでタイミングこそありませんでしたが(という言い訳はさておき)、社会経験として。冒険の第一歩として。

 しかしひと口に染めると言っても手段を知りません。スプレー? ブラシ? とりあえず親父に聞いてみることにしました。困ったら人生の先輩へ。

 すると、親父は買ったけど余らせていた白髪染めのパックを貰うことが出来ました。言ってみるものです、ありがたい。

「これな。色はナチュラルブラウン。」
「え。」

 ナチュラルブラウン!? 白から黒に“染める”という行為だけでハードルが高いのに、さらに初っ端から“ナチュラルブラウン”なんて、2、3個レベルが上がっていやしませんか。

 いままで黒髪だった細黒縁メガネのひょろひょろ男が、急に、ナチュラルブラウンに染めた場合。十中八九「やってんな」と言われる、または思われるに違いない。染める精神負担を考えてもわりに合わないのではないか。

「いやいや、さすがにナチュラルブラウンは早い。」
「ほぼ黒だから。」
「ブラウンって書いてるじゃん」
「だから、ほぼ黒。というか、黒。」 ……以下、繰り返し。

◆ ◆ ◆

 30分後、僕は眼鏡を外し、ボーッと洗面所の鏡を眺めていました。辺りは染料独特のツンとした匂いが漂っています。洗い流す都合で手袋を外せないので、スマホを弄ることもなく、ただただ染まるのを待つ15分。

 ニキビ増えたな。晩ご飯は何だっけ。課題はどこまで進んだか。あれ、あの文字は何て書いてあるんだ。越してきた頃はもっと遠くまで見えたのにな…… なんて、普段と変わらぬ取り止めのない考えごとを反芻します。この間にも僕の髪の毛は、この間にもナチュラルブラウンになっていきます。

 タイマーが鳴り、いよいよそのときです。二度のシャンプーを経て染料を洗い流し、眼鏡を掛けたら、そこには、いつもと変わらぬつまらなそうな自分の顔がありました。

 ほぼ黒、というか普通に黒髪(一本一本を精査すれば少しブラウン)だが、白髪だけが消えた自分。染め終えたという達成感と、取り越し苦労の疲弊感。床屋に行くたびに理容師さんに心配されてきた白髪たちとはさようなら。僕は元気に生きていきます。

 「何か変わるかもしれないと期待していたことは、大体こんな感じで終わるものだなあ」と考えつつ、残った染料の匂いを居心地悪く思いながら、僕は夕ご飯を少し残しました。

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