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夜長【エッセイ】六〇〇字(本文)

 朝日カルチャーセンター通信教育「エッセイ講座」の9月提出課題、「夜長」。
 これまでの人生で3回、3週間以上の入院を経験している。17歳の年末に肺結核(半年間)。31歳のとき、胆石症で3週間。そして、独立間もない47歳の晩秋。虫垂炎で3週間。そのときの話である。
(提出原稿に60字ほど加筆しています)

 新型コロナの報道でよく目にする、国立国際医療研究センターが、近くにあり、12層ある病室が、ベランダから見える。中央部にナースステーションがあるのだろう。9時、左右に順に灯りが消えていく。中には、読書灯がうっすらと点いている、部屋もある。
 24年前の晩秋。47歳のとき。虫垂炎で入院する。歳がいくと、腹膜炎を併発している疑いもあり、大げさな、手術となる。
 点滴だけで、水も飲めない。1週間くらい絶食だという。なので、日中眠って空腹をごまかし、夕方から消灯までは、旅やグルメ番組を観ていた。よだれを垂らしながら。退院したら、あれを食べよう、あの店に行こう、と慰める。いまならその時刻には1分もかからずに寝られるが、昼夜逆転の生活なので、夜は眠たくない。長い夜、読書灯が、つく。

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 そんなある日。友の品川が、『食う寝る坐る永平寺修行記』なる本を差入れてくれた。修行僧のすさまじい1年が描かれている。読んでいると、不思議と空腹を感じなくなった。一汁一菜が1年間続くよりはまし、と慰めることができたからだろう。友に、感謝する。
 退院の日。修行を終え、足羽川の土手で桜を愛でる主人公の気持ちになって、病院を出た。途中、テレビCMで気になっていた「岩下の新生姜」を買いこみ、家路についた。
 病室の窓。時刻が過ぎても、しばらく読書灯が点いている部屋がある。あの病室の奥のどこかで、コロナと闘っている重症患者の部屋があるのだろう。志村けんさんも、あの病院で最期をむかえた。
 見つめながら、健康であることのありがたさを、かみしめる。

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