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「非日常(その二)」【エッセイ】

 昨年、六月末。慰霊する場を、宮城の三十三の寺院に創設していることを知って、「みちのく巡礼」の旅に、出かける。仕事の忙しさをいい訳に、訪れていなかった。自由の身になり、遅ればせながらでは、あるが。
 旅の前、ストリートビューで寺院の写真をプリントした。その際、朝日新聞デジタルで、「閖( ゆり )上( あげ )の東( とう )禅( ぜん )寺が六年目に再建」との記事を見かける。閖上は、七百人以上の犠牲者がでたことと、「閖」という漢字が印象的だった。
 訪れてまず、立派な本堂と五mの観音像に感動した。住職は不在だったが、三十歳前後の海老蔵似の、住職の長男が、出迎えてくれる。先代住職夫婦だけが寺に残り、亡くなったこと、傷跡残る太柱を、再建に使ったことなど、三十分位、説明してくれた。
 今年になって、東禅寺をビューで見て、あることに気づいた。昨年と違っていた。プリントにある撮影時期は、十八年三月。現在のビューは、十三年四月と、先祖返りしている。壊れた墓石は取り除かれているが、土台だけ、本堂は、屋根と側壁を残し、囲いで被われている。立派に再建された、あの姿ではない。きっと、震災間もない寺と閖上を忘れないようにと、グーグルに依頼したと、推察する。今、その強い想いに、改めて、心打たれる。
 間もなく九年目。今でも五万人近くの被災者が、「日常」に戻れていない。

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