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僕の好きな先生(2の1)【エッセイ】八〇〇字

 60年前、北海道・雨竜町にいた頃。中学に入学した初日の朝礼。体育館の舞台上から怒鳴り声が。「うるさいぞ! 静かにしろ! オレは、他の先生と違うからな。殴るからな。憶えておけ」と。30歳前後の先生。北村先生だった。すぐに社会が担当と、知る。きょうだいが上級にいる級友が言った。「怖い先生らしいよ」と。
 その先生が、2年から担任になった。さっそく、その怖さを知る出来事が起きる。自習時間、おちゃらけ屋の藤本が騒いでいたところに、先生が入ってきた。すぐさま、「藤本、来い」と呼び、彼が出て行くやいなや、平手が飛んだ。180センチある大男なので、彼は吹っ飛び、倒れ、青ざめている。その光景を見ていて、私は、下を向き沈黙していた。「先生。学級委員の僕を殴ってください。僕の責任だ」と、心の中で叫んでいたが、言えなかった。スパルタ教育の父の暴力で、免疫はできていたはずなのだが———。放課後、職員室に行き、先生に正直に吐露した。すると、「よし。その気持ちだけでいい。気にするな」と、言ってくれたのだった。
 貧しい農家に育ち、小さいときから畑仕事を手伝っていたこと、高校出てもすぐに大学に進めず、いったん就職し、途中から法政の夜間で教師資格を取得したことを授業の合間に、話してくれた。そして、よく言っていた。「貧しくても、なんとかなる。教師にだってなれる」とも。
 あの出来事以降も、先生の暴力は何度か見かけたが、わがクラスでなく、他のクラスの荒くれものたちだった。授業が面白く、熱心で、ほとんどが、先生のファンになっていった。あの藤本も———。3年の秋から始まる「青春とはなんだ」の熱血先生そのものだった。夏木陽介ほどはイケメンではないが、面長で日焼けし、カッコ良かった。
 2年の春休み。野球部の練習で登校しているとき、廊下で先生とすれ違った。すると、先生が言った。「おい、菊地。3年もオレのクラスだからな」と。
 
 先生は、私が高校のときに転勤したと聞く。私も父親の転勤でその町を離れてしまったので、その後、先生とは会っていない。平手打ちをくった藤本は、後年、その町の町長を3期続けたようだ。


布施明『貴様と俺 (青春とはなんだ)』


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