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灯( あかし )【エッセイ】

 近くに、新型コロナの報道でよく目にする、国立国際医療センターがある。十層位ある病室が、ベランダから見える。中央部にナースステーションがあるのだろう。九時、中央から左右に順に灯りが消えていく。中には、読書灯がうっすらと点いている、部屋もある。
 人生七十年、三週間以上の入院を三度、経験している。高校のときは結核で、半年。次は、三十過ぎの胆石症。その当時は、立派に“切腹”する大手術だった。最後は、会社を興して間もない四十七のとき。盲腸炎なのだが、歳がいくと、腹膜炎を併発する疑いもあり、ここでもまた大げさな、手術となった。
 病院の消灯時刻。最近ではごく普通の就寝時刻なので、一分で寝られるが、入院しているときは、とても寝られるものじゃない。
 結核の時は、大いに喰って寝て太るのが仕事だったが、腸部分をいじった二度の手術の後は、点滴だけで、水も飲めない。一週間くらい絶食が続く。なので、日中眠って空腹をごまかし、夕方から消灯までは、旅やグルメ番組を観ていた。よだれを垂らしながら。退院したら、あれを食べよう、あの店に行こう、と慰める。そんな昼夜逆転の生活なので、夜は眠たくない。そこで、読書灯がつく。
 三度目のとき。友のSが、『食う寝る坐る永平寺修行記』なる本を差入れてくれた。すさまじい修行の一年が描かれている。一汁一菜が一年続くよりは、と慰めながら、読んだ。
 退院の日。修行を終え、足羽川の土手で桜を愛でる彼の気持ちになって、病院を出た。途中、スーパーに寄り、なぜか、テレビCMで気になっていた「岩下の新生姜」を買いこみ、自宅に向かったことを、記憶している。
 センターの病室。時刻が過ぎても、しばらく点きっぱなしの部屋がある。誰かの調子が優れないのかもしれない。見つめながら、いま健康であることの大切さを、かみしめる。

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