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韓国での国際討論会で学んだこと:1F汚染水をめぐり

11月初旬、韓国最大の環境NGO「環境運動連合」の「市民放射能センター」から依頼が来た。「福島汚染水の海洋投棄の環境への影響と法的対応を模索する国際討論会」を開くので、「日本政府の放射能汚染水の海洋放出のモニタリングの状況と、洗浄廃液の流出によって被爆した労働者の状況」について話して欲しいという。私でよろしければと引き受けた。


討論会の目的は、2023年8月24日に福島第一原発の汚染水の海洋投棄が始まり、今後は「中断」を求める運動を拡大することだという。直前に、野党4党の「国会汚染水タスクフォース」と合同で韓国国会の議員会館で開くとのだと気づき、責任重大だと緊張で胃が痛くなった。

韓国の原子力政策を少々ネットで調べると、2022年5月25日の電気新聞に、尹錫悦大統領(ユン・ソンニョル)は就任時に文在寅(ムン・ジェイン)前政権の脱原子力政策から推進に転じたとある。記事にある「エネルギー安全保障とカーボンニュートラル」のための原発回帰は、日本とそっくりだ。

韓国の国会議事堂。討論会が開かれた議員会館はその左手にある。
10時から12時まで、日韓/韓日、英韓/韓英の同時通訳で行われた。

議員会館の会議室に着くと、市民放射能センターのチェ・ギョンスクさんが迎えてくれた。この「地味な取材ノート」を、翻訳アプリを使って読んでくれているのだという。それが、私が招かれた理由だった(驚愕)! 国際討論会は、日本の国会の議員会館で議員と市民団体が開く院内集会と同じスタイル。討論会はYouTubeでも配信された。

冒頭、「国会汚染水タスクフォース」議長であるWoo Wonsik議員(共に民主党)が開会挨拶。続いてKang Eunmi議員(正義党)、Yong Hyein議員(ベーシックインカム党)、Kan Seonghee議員(進歩党)が挨拶。次に環境運動連合のPark Mikyun代表、討論会を支援するドイツのフリードリッヒ・エーベルト財団のHenning Effner韓国支所長が挨拶して討論会が始った。

「法的対応を模索する」3カ国の弁護士たちの前座

討論は第1部で4人が報告、第2部で4人が質問を受ける形で進められた。

第1部は、「法的対応を模索する」というメインタイトル通り、日本と韓国とドイツの弁護士3人と私による討論。私は1人目のスピーカーで、依頼された通り、海洋放出のモニタリング状況と洗浄廃液による被ばく事件について報告。

法的位置付けを意識し、原子炉等規制法に基づいて「実施計画」を申請する東京電力の責任はもちろん、それを認可する原子力規制委員会の責任が重大であること強調した。

ALPS処理後の汚染水の海洋放出は原子力規制委員会が認可したものであり、ALPS内で粗末な仮設装置で起きた洗浄作業は、実施計画に記載なく、労働安全を確保できない指揮命令系統のもとで行われていたからだ。

また、被ばく事件については、私がパワーポイント資料を韓国に送った後の11月16日に、また新たに、現場にいた人数やホースが暴れた原因が加わったので、「これはお手元にはありません」と加えた2枚のスライドについても説明した。

最後に、放出計画と被ばく事件についての東電発表は、どちらも小出し後出しで、ドンドン変わり、聞かなければ明らかにしない情報が多すぎる。隠蔽だと感じる、と共通点をまとめ、「原子力規制委員会は双方の問題において実施計画を通じた適正な規制を行えていない」と結んだ。

上記については既にこの取材ノートで何度も書いてきているので、ここではまだ書いたことのない、モニタリングについて説明した3スライドを共有する。

2023年11月23日筆者資料より 海水モニタリングの結果は、韓国語でも英語でも見られる。
2023年11月23日筆者資料より。海水で希釈され、放出停止判断レベル700ベクレル/リットルを遥かに下回っている。一方、1キロ沖の放水口周辺の海底土の測定・公開を行うべきとの国会議員、環境NGOなどの声は無視され、東電は現在のモニタリングで「十分」だと言っていると説明した。


2023年11月23日筆者資料より。「魚類・海藻は、結果公表値では基準(100Bq/kg)以下。 しかし、安心はできない。1F港湾内で2023年5月に捕獲されたクロソイからは、1万8000ベクレル(基準の180倍)の放射性セシウム検出。また、2023年2月、沖で漁獲されたスズキから県魚連の自主基準(50Bq/kg)を超える85.5Bq/kgが検出された。県魚連は出荷を自粛、市場には出回っていない」と説明した。

ドイツの国際弁護士が法的措置について解説

2人目は、ドイツに拠点を置く国際法弁護士事務所「オーシャン·ビジョン·リーガル」の創設者のアンナ・フォン・リーベイ弁護士。日本の海洋放出を止める法的措置の可能性について理路整然と述べていった。

ロンドン条約や議定書など使いうる国際法と、違反を訴える先には国際司法裁判所(ICT)や国際海洋裁判所(ITLOS)があること。日本はICTの強制管轄権を受諾しており、ITLOS加盟国だ。問題は、訴える側も「国」であること。どこかの国が日本を訴えなければならない。

アンナ・フォン・リーベイ弁護士のスライド(筆者撮影)

では人権という観点からどうか。

日本は、国際人権規約(ICCPR)には批准しているが、個人が国際人権委員会に通報することができる議定書には批准していない(こんな手続があることも、批准していないことも私は知らなかった)。

国際人権理事会(HRC)には、不服申立手続や特別報告者に通報する特別手続がある。前者は国内手続が疲労困憊するものらしい。後者は、HRCの内部レビューを経て、日本政府に書簡が提出され、60日後に公開される。世論を高める利点があるが、法的な拘束力はない。アンナ弁護士は、フィージーの環境団体の代理人として、2023年8月に国連人権理事会の特別報告者に通報したという。現在は、HRCの内部レビューの最中だ。今後の動きに注目する。

アンナ・フォン・リーベイ弁護士のスライド(筆者撮影)

日本で提起された「ALPS処理汚染水放出差止訴訟」

3人目は、日本で数々の原発差止訴訟を展開してきた海渡雄一弁護士。福島第一原発事故時は日弁連の事務総長だった。2012年に韓国に招かれたこともあって、討論会の前後に「10年ほど前にお会いしました」と握手を求める韓国の弁護士さんがたくさんいた。

「ALPS処理汚染水海洋放出差止訴訟訴訟の内容と意義、展望」と題して報告する海渡雄一弁護士。報告の初めに、「日本の海洋放出で迷惑をかけて申し訳ない」と言うと、会場から暖かい拍手が上がった。

今回の報告内容は、ALPS処理汚染水の海洋放出差止裁判について。海渡弁護士は、2023年9月8日と11月9日(一次と二次提訴)で約360人が国と東電を訴えた裁判の代理人だ。

東電に対しては、放出を差し止める民事訴訟。国に対しては、放出に関する実施計画の変更認可と使用前検査の合格処分の違法性を認めさせる行政訴訟。

海渡弁護士は、政府と東京電力が、福島県魚連にAPLS処理汚染水は「関係者の理解なしに、いかなる処分も行わない」と約束したことは極めて重大な、法的な拘束力を持つ契約だと捉えていると説明。

しかし、日本では、海洋放出に反対する者は、福島復興を妨害する風評加害者であるとのレッテル張りが行われ、かつ政府が「風評被害」に対する多額の補償金を支払う方針を示している中、漁業関係者が原告となることは困難を極めた、と提訴に至るまでのエピソードを紹介した。

放出で海洋に流れる核種は、薄めても総量は変わらない。ヨウ素129(半減期は1570万年)、ストロンチウム(半減期28.2年)などによる長期影響評価は不十分。海洋を汚染する物質を他に選択肢があるにもかかわらず、また緊急の必要性もないのに、汚染者自らが環境汚染を拡大することは、環境法規や環境条約に定められた予防原則にも反する違法行為である、という主張を展開していく。

また、国は、売れない魚を買い取って冷凍保存する基金を作ったが、魚を獲る生業は、人間の生きる喜びと結びついており、その喜びを破壊し、人格権を侵害する。海洋放出には賠償が必要だと国が考えたこと自体、海洋放出が故意の加害行為であると国が認めたことを示している、という。

国連海洋法条約の194条と207条は、陸域からの排出は最低限のものにすること、他の選択肢があるなら、これを採用することを強く求めているとして、国連海洋法条約についても、争点にしたい考えだ。アンナ弁護士の提起とも重なるが、国連海洋法条約には、「国際海洋法裁判所」という紛争解決機関が用意されており、現在、海洋放出を容認している韓国政府の考え方が変われば、太平洋諸国など共に、国際的な環境訴訟につなげていくことも可能だとした。

福島第一原発を巡る裁判は多種多様、多地域で行われている。この差止裁判について、私が生で話を聞くのはこれが初めで、なるほど!と思いながら耳を傾けた。

韓国政府を変える努力

4人目は、韓国のLee Jeongmin弁護士。韓国には、日本にはない「憲法裁判所」がある。東京電力による海洋放出が安全だと説明する日本政府の主張を鵜呑みにして韓国の国民に安全性を広報し、韓国政府として検査し、安全性を確かめようとしない韓国閣僚などの作為と不作為について、この憲法裁判所に憲法訴願なるものを提起したのだという。

熱血漢のLee Jeongmin弁護士。
左が環境運動連合「市民放射能センター」のチェ・ギョンスクさん。(筆者撮影)

原告は4万23人の人間(漁業者、養殖業者、塩田業者、刺身屋、海洋観光業などを含む)と、福島沖のクジラとイルカ163頭(ミンク、バンドウイルカ、南バンドウイルカ)。被告は大統領府、総理大臣、外務大臣、水産大臣、文化大臣、原子力安全委員会の委員長、食品医薬品安全所長など7人。

すごい!と思った。日本、ドイツ、韓国の弁護士たち、皆、すごい!
そして、このメンバーをそろえた環境運動連合すごい!

第二部の模様(写真提供:脱核新聞の小原つなきさん)

第2部は4人が前に並んで、ソウル大学大学院のPeak Domyung教授がモデレーターとなり、質疑応答の時間。

ALPS処理汚染水の海洋放出にあたって、幾つの放射線核種の濃度が分析され、それがどのような根拠で選ばれているのかなど、日本ではほとんど報道されていないことについても、鋭い質問が飛んでくるので、その熱量に感動した。

討論会終了後、海渡弁護士が、正義党のKang議員が挨拶で「韓国でもトリチウム水が海に放出されている。日本で流されているのは単なるトリチウム水ではないが、海洋放出に反対する闘いを、日本への批判に終わらせるのではなく、韓国の原発を止めていく闘いに結び付けていかなければならない」と述べたことが印象的だったと感想を述べていた。同感だ。

末筆になったが、今回の最初のコンタクトから仁川空港へのお出迎え、街の散策、微に入り細に入っての見事な通訳とアテンドまで、朝から晩まで、脱核新聞の小原つなきさんにこの上なくお世話になった。

国際討論会前の早朝、ホテルロビーに迎えに来てくれた小原つなきさん(大学留学を経て韓国在住)と
脱核新聞を持った海渡雄一弁護士(筆者撮影)

討論会の後、環境運動連合との意見交換。そして、勝つ!強い意志をもったやり手弁護士たちとの情報交換の実現も、小原さんなしでは成り立たなかった。お礼申し上げます!カムサハムニダ。

環境運動連合で原発、気候変動、エネルギー政策を担当している若者たちと

韓国での国際討論会 こぼれ話」はこちらから。

【タイトル写真】

小原つなきさん提供。国際討論会の主催者たち(議員、弁護士、環境運動連合代表、討論者、モデレーター)と。


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