記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。

読書感想文:葉桜の季節に君を想うということ

記事前半はネタバレなし。ネタバレは中盤以降、見出しにて事前にお知らせします。

 気がついたら自分のKindleライブラリーに入ってた本。いつなぜ買ったのかよくわからない本が自分にはよくある。これもその一冊だった。ここ最近しばらくは白井智之さんの作品を続けて読んでいて、そろそろ別の作者の作品を読んでみようかなと思いながら自分のライブラリをながめている時に見つけた本。

 ちなみに白井智之さんの作品は上記リンクから。アフィリリンクまで張っておいてこういうのも何だが今回の読書感想文には関係がない。ただ今回の読書感想文を書くまでの前段階に説明として出てくるのに紹介がないのも不自然だと思って張っておいた。

 話を今回の読書感想文に戻そう。とにかく私は、この本を読み始めた時、あまり期待しないで読み始めたのだということをまず話しておきたい。先にも話した通りこの本をなぜ買ったのかすら覚えていなかったということだ。つまりこの本に何を期待して買ったのかがわからない。その上さらにタイトルからして、自分があまり読まなさそうな感じだ。与謝野晶子みたいな作者の名前も相まって、なんか戦時中の文学かしら?といった印象を、読む前に抱いてしまった。つまり読む前はあまり期待していなかった。

 自分も年齢が五十を目前になってくると、人生のなかで読める本が限られていることがわかってくる。出会わなければいけない本は無数にあるのに、それに対して読むために割ける時間は圧倒的に足りていない。つまり読む本は吟味したい。ところが吟味すればするほど、たいして面白くもなかった本に出会ってしまった場合の落胆が大きい。そこで面白くない本に時間を割くことを恐れるあまり読書量が減ってしまう。よくないスパイラルだ。
 加えて紹介文にも煽られにくくなってくる。「衝撃の展開!」「予測不能!」といった言葉に惑わされなくなってしまう。
 歳を重ねるごとに、読書傾向も偏ってくる。これは悪い面だけであるとは一概には言えない。良い面もある。自分が好まない傾向にある本に対する読書時間の、無駄打ちが少なくなることだ。悪い面は純粋に読書傾向が偏ることだ。今回は普段とは少し違った傾向の小説を読みたいと思っていたので、過去の自分の審美眼を信じて、過去に自分が買ったこの本を読み始めることにした。

 タイトルから受ける印象のとおり、また本の紹介文にあるあらすじのとおり、これは大人の男女が出会ったことで動く物語だ。なので性的な描写が少なからずある。というかいきなりそこから小説の書き出しがはじまる。苦手な人は苦手かもしれないので、自分がそういうのが苦手だと思っている人は注意したほうがいいのかもしれない。少なくとも私自身の感想では、物語の構成に必要かつ適量だと感じた。つまり今までも気にしたこともない人であれば一切気にする必要もない程度かと思う。そういう表現もあるよ、とだけ伝えておきたい。

 やっと内容についての感想を述べるが、面白かった。どんでん返しの意外さ、気持ちよく裏切られた感じがよかった。物語後半にさしかかるあたりでどんでん返しが始まり、それまで読んできた物語に巧妙に組み込まれていた伏線が一気に回収されていく面白さ。読書体験はすごくよいものだった。
 物語の序盤から中盤にかけて、なんなら終盤にさしかかるまでは出会ってしまった男女を軸にして話がすすむため、男女の恋愛模様を中心に描いた物語として展開される。それにちょっぴりヤクザ同士の抗争が入るピカレスク青春小説風味といったところか。少なくとも途中までは、巷によくある恋愛をテーマにした謎解きミステリー同様にどこかぎこちなさを読者に感じさせながら話が進んでいく。しかしながら終盤にさしかかり物語が一気に展開させるとき、読者が感じてたぎこちなささえも必要な読書体験として計算されていたことに驚く。構成としてはよくみかけるが、この小説は仕掛けがよく出来ていて予想を超えていた。

 弱点としては、謎解きミステリーとしての完成度の高さと物語の面白さが高い次元で両立しているかというと、そこまでは感じられなかった点だ。若干物語の面白さが犠牲になってたかもな、と思えてしまったのは残念だった。物語のぎこちなさそのものが、最後の読書体験の面白さにつながってくるだけに、中盤までのぎこちなさを受け入れる必要がある。それまでとにかくこの本を選んだ自分の審美眼を信じるしかない。そこは弱点として感じた。そこさえ乗り越えれば、読書家として枯れてしまった自分のような感性でもまだまだ新鮮な驚きを持って歓迎できる良質な読書体験が得られる。大人になってしまって驚くことが少なくなった私のような読者にお勧め。

ここからネタバレ

ネタバレが入ります
ネタバレが入ります
ネタバレが入ります
ネタバレが入ります
ネタバレが入ります
ネタバレが入ります
ネタバレが入ります

 「こんな年寄り臭い若者いないよな」と思いながら読み進める、男女の恋愛模様をテーマにした謎解きミステリにありがちな、ぎこちない男女。やけに身持ちの堅いヒロインと、やけに達観した男性主人公。読書慣れしている読者なら絶対に受け取ってしまう小説キャラクターのテンプレート。優れた小説は作家と読者の共同作業であるという言葉を地でいく、読者が受け止めなければ絶対に成り立たない体験。不安定ではない主人公の、三人称視点での叙述トリック。この条件でここまで読者を気持ちよくだますことが出来る小説があとほかにいくつあるだろう?これこそがこの小説の真骨頂だと感じた。そしておそらく読む側も高齢でないとこの小説は完成しない。読む側が経験豊富であればあるほど作者の仕掛けた謎にうまくだまされるからだ。もちろん、若い読者が読んでも面白いと思う。だがこの小説は、小説の読者が高齢化した今だからこそ輝くのかもしれない。自分は自分の体験しか感じることが出来ないため、今自分の年齢で自分の経験から受け止める読書体験のみ感じることが出来るので、他人がどう思うかははっきりとはわからない。少なくとも自分は、この小説に、自分の読書体験で得た知識にだまされた。これは凄いことだ。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?