【5】清酒の表示(3) -その他の記載事項-
これまでラベル等に記載されている事項のうち、ルールのあるものをまとめてきました。次に特に決まりはないけどよく記載されている文言について解説しようと思います。
「事実に基づき別途説明表示する場合に表示しても差し支えない」とされていますが、よく用いられている一般的な項目は特に説明されないことが多いですね。
事細かに取り上げていくと、清酒の製法や歴史についてそれぞれの項目を掘り下げていく必要があるのですが、それらは各論で紹介する形にして、まずそれが何を表しているのかをざっくりと説明していきます。
成分値
管理上用いられている化学的な数値のうち、ラベルに必ず記載しなければいけないのは「アルコール分」だけなのですが、商品の酒質を伝えるために成分値が表示されていることがありますので、それらについて解説していきます。
主に「灘の酒用語集」や「酒類総合研究所標準分析法」から内容をまとめていますので、それらを参照してください。
日本酒度
もっともらしい名前がついていますが、一言でいうと「比重」です。
日本酒度=(1/比重-1)×1443 の関係式で示されまして、その清酒が15℃のときに、4℃の純粋な水と同じ重さのもの(比重1のもの)は、日本酒度は(±)0となり、それより軽いものはプラスの値、重いものはマイナスの値となります。
これが「甘辛の指標」とされるのは、清酒の甘味となる糖分(水より重い)が多いと比重が大きくなりマイナス側へ、清酒の辛味となるアルコール分(水より軽い)が増えると比重が小さくなりプラス側へ傾くからで、マイナスにいくほど甘い、プラスにいくほど辛いとされています。
しかし、糖の種類により甘味の直接的な感じ方は異なりますし、次項に示す酸の量によっても甘辛の官能評価が変わります。なので同じ日本酒度でも甘辛の感じ方は異なります。あくまで目安としてお考えください。
令和元酒造年度の市販酒類の調査結果が国税庁のサイトで公開されており、市販酒1,201点を調査した結果、日本酒度の平均値は
一般酒:+3.8、吟醸酒:+3.1、純米酒:+3.9、本醸造酒:+4.6
となっています。私が思っていたよりプラス寄りかなという印象です。
より具体的な甘辛の指標としては、これと別に「甘辛度」「新甘辛度」が設けられていますが、これらはあまり表示には登場しないかな…。
「甘辛度」は1974年に提唱され、日本酒度と酸度によって求められますが(本来は還元糖と酸度から算出しますが還元糖の値と日本酒度が相関するものとした)、甘辛の区分も曖昧で、また時代の変化に伴う清酒の味わいの分布と合わなくなっていたこともあり、2004年に酸度とグルコースの値から算出する「新甘辛度」が提唱されました(こちらのPDF参照)。
新甘辛度=グルコース濃度(%)-酸度(mL) で表され、計算時には小数点第二位で四捨五入した値を用います。
0.2以下が「辛口」、0.3~1.0が「やや辛口」、1.1~1.9が「やや甘口」、2.0以上が「甘口」としていますが、グルコースが示されることが少ないので、あまり利用できる機会がないように思います。
酸度
清酒における「酸度(総酸度)」とは、清酒10mLを中和するのに要する0.1mol/L水酸化ナトリウム水溶液のmL数で表されます。化学苦手な人にはよくわからない表現ですよね…。
酸の強弱は化学的には「pH」で表すことが多いと思いますが、清酒の管理項目としては上記の方法で求めた数値で示されます。酸が多いほど中和に必要なアルカリの量が増えるので、この数字が大きいほど酸が多く含まれる、ということです。
清酒醪中の酸はほとんどが有機酸で、酵母が作ったり、原料米や麴菌由来だったり、清酒の中にはさまざまな有機酸が含まれています。その特徴により酸味、旨味、苦味、香りなど官能評価も異なるのですが、組成を事細かに出すのは設備も必要で手間がかかるので、ざっくり全部の酸がいくらか、で示しています。
令和元酒造年度の市販酒類の調査結果が国税庁のサイトで公開されており、市販酒1,201点を調査した結果、酸度の平均値は
一般酒:1.16、吟醸酒:1.32、純米酒:1.46、本醸造酒:1.28
となっています。
アミノ酸度
清酒の「アミノ酸度」は、清酒10mLを中和後、フォルムアルデヒドを加えて遊離したカルボキシル基を中和するに要する0.1mol/L水酸化ナトリウム水溶液のmL数……もういいですか?
上記の酸度と同じく、個々の組成を求めずざっくりと全部でいくらあるのかを示しており、数字が大きいほど含量が多いということです。
アミノ酸は基本的には米のタンパク質が米麴の酵素によって分解されたものなので、精米歩合の低い、磨いた米を使った酒ほどアミノ酸度が低くなる傾向があります。アミノ酸は弱い甘味、旨味、酸味や苦味を呈して清酒の味を構成していますので、これが多すぎると雑味に感じることもありますし、少ないと淡麗なうすい酒になります。
令和元酒造年度の市販酒類の調査結果が国税庁のサイトで公開されており、市販酒1,201点を調査した結果、アミノ酸度の平均値は
一般酒:1.20、吟醸酒:1.21、純米酒:1.43、本醸造酒:1.30
となっています。これも思ったよりは高めかな?と感じています。
グルコース
清酒醪中で、米に含まれるデンプンは米麴の酵素によって糖類へ分解され、それを酵母が取り込んでアルコール発酵をします。その際に用いられるのがグルコース(ブドウ糖)です。酸素が供給されない清酒醪中では、清酒酵母は取り込んだグルコースをアルコール(エタノール)と二酸化炭素へと変化させ、生命活動エネルギーを獲得します。
清酒酵母が取り込んで消費する速度と、酵素によって供給される速度のバランスは、米麴の酵素力価と醪の品温管理に依りますが、最終的に搾る段階で醪中にグルコースがある程度は残存しています。また搾った後も多糖類からグルコースになる反応が起こります。
このグルコースの量が多いと直接的な甘味を感じます。先述の「新甘辛度」でも指標として用いられるのはそのためです。
近頃は測定キットも充実してきて、比較的簡便かつ安価で分析できるようになってきましたが、一般的な管理指標としてはまだ普遍的なものではなく、国税庁の市販酒分析においても項目としては示されていません。
国が行っている「全国新酒鑑評会」では、以前より香気成分によるグループ分けを実施して官能評価を行っていましたが、グループ内でグルコースの量が審査に影響を及ぼしていることから、令和3酒造年度よりさらにグルコースの量での順列をつけて審査することになりました。
香気成分
果実様の香りを特に「吟醸香」といい、各種有機酸のエステルがその原因物質になりまして、カプロン酸エチル(青リンゴ)や酢酸イソアミル(バナナ)が有名です。ただ表現としては、これらの物質名ではなく、香りの表現をもって表示することが一般的かと思います。
各種の香気成分については清酒ならではの表現もあり、それらの用語と成分の関係は酒類総合研究所のサイトに詳しい記載があり、PDFで資料も掲載されています。
「清酒のにおいとその由来について」(PDFファイルです)
吟醸香などは酵母によって作られますが、オフフレーバー(あまり好ましくない香り)については、酵母の他にも原料や環境由来、または貯蔵後の化学反応などによってもたらされるものなど、多種多様です。
人間が感じる閾値は結構低いので、些細なことでも官能評価に影響します。製造環境のちょっとした汚れだったり、充填後の管理をちょっと怠ったり、その程度で?ということでも気を付けないと怖いところです。
酒母(酛)の形態
「酒母」または「酛」とは、清酒を仕込むに際して「醪」を造りますが、その前段階として酵母を十分に増やしてやる必要があります。酵母以外の微生物が増えないよう、乳酸による酸性環境を作ることが最適とされており、乳酸をどうやって獲得するかで2系統に分類されます。
生酛系酒母
「生酛」とは、江戸時代から行われていた酒母の造り方で、複数の微生物の遷移を経て乳酸酸性環境が構築され、その中で酵母が培養されます。これを明治時代末期に一部改良したものが「山廃」です。「山卸し」という工程を廃止したので、「山卸廃止酛」=「山廃」です。工程の違いはありますが、メカニズムはほぼ同様なので、まとめて取り扱われることが多いです。
さらに時代を遡ると「菩提酛」とか「水酛」とか呼ばれる手法もあります。生酛は酒母の製造過程で乳酸が増えていきますが、菩提酛は「そやし水」といって、生米を浸した水に乳酸菌を増殖させて乳酸を多く含む水を作り、それを仕込に用います。室町時代には既に確立されていた手法で、長らく埋もれていたのですが、発祥の地である菩提山正暦寺のある奈良県を中心に取り組む蔵が近年増えつつあります。
これらの酒母は、天然の微生物を取り込んで造られるため、製成酒のタイプは味乗りのしっかりしたタイプになりやすいと言われますが、使う酵母の種類や醪の経過の取り方でいくらでも変わります。「酵母が(速醸系酒母に比べて)元気で醪後期でも死滅しにくい」ことは示されていますが、それが一様に味を決めるかというと、それだけではないと思います。
それと稀に「生酛」の「生」の字を見て生酒かと聞いてくる人が…。「生」の字が多すぎですよね、日本酒用語。
速醸系酒母
「速醸酛」と名付けられた、酒母の仕込みの際に乳酸を添加して手っ取り早く乳酸酸性環境を用意し、安定かつ短期間(生酛がおよそ1ヶ月要するのに対し半分の2週間程度)で酒母を造りあげる手法です。明治末に酵母研究の結果から編み出された技術で、生酛に比べ安定醸造が見込めることから一気に普及しました。これをさらに発展させてより短い期間で用いる酒母もあります。
現在では速醸系酒母が一般的な手法となっているため、わざわざ速醸と書くことはせず、速醸ではない生酛系酒母であることをアピールすることが多いように思われます。
酵母の種類
清酒造りには様々な要素が絡み合っていますが、味や香りを決める一つの要素が「酵母」です。かつては「蔵付き」「家付き」と呼ばれ、そこの環境中に漂っていた酵母が酒母に取り込まれ、またその一部を「差し酛」として次の仕込へ使っていくことでその蔵の酒が造られていましたが、明治時代末期より、安定醸造と品質改良の観点から純粋培養酵母を用いた酒造りが標準化されていきます。この辺は後の投稿で詳しくやります。
きょうかい酵母
詳しく書くと1投稿作れるくらいの情報量があるので簡単に(笑)←1投稿では済みませんでした!!
日本醸造協会が頒布している酵母のことで、「きょうかい○号(協会○号)酵母」と呼ばれます(清酒用以外にも焼酎用、ブドウ酒用もあります)。
古くは「甲種清酒酵母」として、明治時代末期より頒布が開始されたもので、清酒用だけでも現在20種以上の取扱いがあります。また一度は頒布を中止した酵母についても(当時の品質は保証しないという前提ですが)数年前より販売されるようになりました。発祥蔵以外でもそれらの“古典酵母”を用いた酒造りを行うところもありますね。
独自開発酵母
日本醸造協会が頒布している「きょうかい酵母」に対し、各企業や研究機関等で開発された様々な清酒酵母があります。
主に東北地方に多い、県の研究機関で開発した酵母や、東京農業大学がさまざまな花から採取した花酵母(「東京農大 花酵母研究会」参照)、その他自社の研究開発で生み出された酵母など…。蔵付き酵母を単離して使うところ、酵母添加せず自然取り込みに任せるところ…はちょっと意味合いが異なりますが、独自の酵母とは言えるでしょう。
既存の酵母と異なる酒質…になるかは他の要素も多分にありますが、差別化の武器の一つとして扱われていますね。
非清酒用酵母
清酒を造るのには清酒用の酵母が適しているのですが、ワイン酵母を用いて醸した清酒も市場に並んでいます。
清酒用、ワイン用、とは言っていますが、Saccharomyces cerevisiaeという生物種の中の違いに過ぎず、原材料が何であれ、グルコースからアルコールを生成する機構は変わりません。しかし味や香りについてはやはり違いが出て、香気成分や酸味などはワイン寄りになり、アルコールもさほど高くはならないようです。
それ以外の酵母は見たことがありません。焼酎用だと酵母よりも麴菌(黒麴、白麴)を清酒に適用するパターンが多いです。クエン酸を多く作るため、酸味のあるタイプの清酒になる傾向があります。
杜氏
「杜氏」は酒造りの親分、というか製造責任者と言いましょうか。責任区分は各蔵により多少異なると思いますが。
昔は酒造りは農村などからの冬期の出稼ぎ労働として、蔵人を連れてリーダーたる杜氏が各蔵へ入っていたのですが、今は出稼ぎする人が減り、蔵人も通年雇用(社員化)の形態も増えました。社員の中から杜氏が選ばれたり、人の少ないところだと蔵元と杜氏を兼ねたり…。
なお杜氏には資格も何も必要ありません。各地の杜氏の組合に入って「○○杜氏」と認定されるには実務経験など必要とされることがあるかと思いますが、どこの流派にも属さず自力で酒造りをするならば、好きに「杜氏」を名乗ることは出来ます。
逆に、うちは杜氏の酒造りをせずデータ化して云々〜というお話で有名な旭酒造さんですが、最終的な判断をする製造責任者は居るでしょうから、杜氏と名乗らないだけですよね…と思っています。
杜氏流派
「日本三大杜氏」と呼ばれるのが南部杜氏(岩手)、越後杜氏(新潟)、丹波杜氏(兵庫)です。これに能登杜氏(石川)を加えて「日本四大杜氏」とするものもあるようです。
各地に○○杜氏と地名を冠して呼ばれる杜氏集団は、元々は出身地において流派が伝統的に引き継がれてきたものですが、今は流派を指しており、杜氏本人の出身地は関係なくなっていますかね。
酒造技能士
杜氏に相当する資格として「酒造技能士」があり、これは厚生労働省が認めた国家資格です。所定の実務経験(専門の教育課程を受けていれば短縮されますが、通常は2級で3年、1級で7年)を積めば受験資格があり、技能と学科の試験をそれぞれパスすれば認められます。私でも一発で1級取れましたので、業界で勤めていれば取得自体はさほど難しくないと思います。ただ、自動車運転免許を持っている人が皆クルマの運転が上手ではないように、1級酒造技能士だから美味い酒を造れるかというと…?
製法
「酒母(酛)の形態」の内容もコレに含まれますけど、一般的な清酒造りと比べて特色がある製法の場合にそれを記載しているケースがあります。
仕込水
製法というか、原材料ですよね、水。表示されていませんが、清酒の80%超は水ですので、ここのキャラクターも大事です。
衛生面で酒造用水としての基準を満たしてさえいれば何でもOKですので、硬水/軟水などの記載もあれば、単に産地の水の名前だけの場合もあります。自然水の場合、たいていは井戸水や地下水なのですが、海洋深層水で仕込んだ清酒もありますね。
四段仕込
清酒の標準的な製法は「三段仕込」と呼ばれ、原材料を3回に分け、段階的に物量を増やしながら仕込んでいきます。これは酒母でせっかく酵母を増やしたのに、物量が急激に増えると他の微生物が入り込みやすくなるので、酵母の増殖に合わせて徐々に物量も増やす方法です。
「四段仕込」は甘口の酒を得るために(またはアルコール添加で辛口になるのを矯正するために)、三段で仕込んだ醪の末期にさらに仕込を行います。蒸米をそのまま放り込んだり(熱いまま!)、酵素で糖化させたものを投下したり、何種類か手法があります。
さらに原料の投入を繰り返す「五段」「十段」とかも商品でありますね。
木桶仕込
発酵や貯蔵に用いる容器は、時代の変化とともに木桶からホーローやステンレスのタンクへと変わっていったのですが、近年になって木桶での仕込を復活させた蔵が増えてきました。
きっかけは2012年、ヤマロク醤油さんの呼びかけから始まった「木桶職人復活プロジェクト」でしょう。大桶を作れる桶屋さんが1社となり、いよいよ廃業となる前に、自分のところから社員を派遣し、木桶製造を習得して伝統文化を継続させようという、ある意味ぶっ飛んだプロジェクトです。醤油、味噌、酒…いまや発酵業界に留まらず賛同したメーカーや関係者が集まり、毎年1月に小豆島で新桶を作っているそうです。
衛生管理という面では木材よりホーローやステンレスの方が当然良いのですが(HACCPはともかく、FSSC22000では木材を使用する場合にきちんと対策が要求されるので非常に面倒くさいようです)、逆に複雑な微生物叢がもたらす風味が特徴となるのだとか。また発酵過程で木桶を使ったからといって、樽酒のように木香が清酒にがっつり付加されるわけではないみたいです。
斗瓶取り
醪を搾って固液分離すると清酒と酒粕になります。その工程で出てきた清酒は通常はタンクに受けますが、これを「斗瓶」に受けて集める方法です。容量はその名の通り1斗(=18リットル)なので、放って置くと溢れますから、途中で斗瓶を交換する人がついてないといけません。
たいていは「袋吊り」(現場では「首吊り」とも…(笑))という、宙吊りにした酒袋に醪を入れて、圧力をかけず染み出してきた清酒を集める方法と組み合わせて行われます。主に大吟醸酒や吟醸酒など、香り高く繊細な清酒で行われる手法です。
斗瓶に取った清酒は、さらに滓が自然に下がるのを待って上澄みを取る「滓引き」をすることが多いので、非常に手間がかかるのですが、最も良い状態の清酒を取るために行われ、各種鑑評会に出す清酒についてはコレやるところが多いと思います。
あらばしり/せめ
上記の斗瓶取りの際にも関係してきますが、醪を搾り始めて最初の方に出てくる清酒を「あらばしり(荒走り)」、最後に圧力をかけて搾り出した清酒を「せめ(責め)」と言います。その中間を「中汲み」「中取り」とか言います。特に分けずに一つのタンクにまとめてしまうことの方が多いのですが、同じ醪からでも香りや味わいが変わるので、これらを取り分けて管理する蔵もあります。特に生酒のあらばしりはフレッシュ感がいっそう強く、新酒が並ぶ季節になるとこれを強調している商品もあります。せめは雑味が増えるため、それを商品として出すよりは、酒質を落とさないために分けておき、下位グレードへブレンド使用するとか、そういう使い方になるかな?と思いますが、あえて「せめ」を出している蔵もあります。
無濾過
そもそも「こしたもの」が清酒じゃないのか、という意見は放置します(笑)
清酒になった後の工程における「濾過」を行っていない場合に表示されますが、コレ一時期問題になりまして、というのも「何を以て濾過とするか?」が曖昧だったのです。
濾過にもいろいろありまして、搾った後の清酒の滓を取り除くために行う濾過、酒質矯正のために活性炭等を入れて行う濾過(炭素濾過)、酵素や微生物をほぼ完全に取り除く限外濾過…さらには充填時の異物混入防止のフィルターはどうなのか、とかまで。
何せそこがハッキリせず各社の判断だったので、無濾過といいつつ何らかのフィルターを通した清酒があり、表示の改善を求めるはたらきが業界内で起こりまして、その結果「無炭素濾過」とか余計に消費者が混乱しそうな表示も出来ました。
フィルターを通すと物質吸着で香味が取り除かれるので、無濾過生原酒が出来たままの姿で至高、みたいな風潮もありますが、手を加えることで良くなる清酒もごまんとありますし、何でもかんでも持ち上げるのは少し違うよと言っておきます。
瓶燗
瓶に清酒を詰める際に殺菌等の目的で低温加熱殺菌を行いますが、あらかじめ清酒を加熱して充填する方法と、充填した清酒を湯煎で瓶ごと加熱する方法=瓶燗と2通りあります。要は充填後に十分に熱が伝わって微生物や酵素を止められれば良いのです。
熱充填の場合、プレートヒーターなどの熱交換器を用いて急速加熱して容器へ詰めますが、充填後に十分な温度を保持するためには、充填までに多少のエネルギーロスがあるので高めに温度を設定する必要があり、その分清酒はダメージを受けますし、香気成分も飛びやすくなります。
瓶燗は容器充填してから温度を上げるので、必要以上に温度を上げずに済みますし、蓋をしていますから香気成分もほぼ飛びません。
そんな良いこと尽くしの瓶燗なら全部それにしたらいいじゃない、と思うでしょうが、やはり手間がかかるのですよ。瞬時に目的温度に達するプレートヒーターに対し、瓶燗は湯煎で外側から熱していくので、容器の容量が大きくなるほど目的温度に達するまでの時間が長くなります。またガラス瓶は40℃超の急激な温度変化があると割れるリスクが高まりますので、いきなり熱いお湯には漬けられません(そして冷ますときも同様です)。パストライザーと呼ばれる装置もあり、これはコンベア上を移動する瓶にシャワーで温水を浴びせながら瓶燗するのですが、基本的な制約は同じです。他にも容器や栓が耐圧仕様でないと、加熱により内圧が上がるので栓が飛んだり瓶が割れたりします。
機械や容器に必要なコストはともかく、所要時間が一番のネックでしょうね。うちの蔵でも、一度業者に充填ラインに組み込むとしたらどんな感じになるのか聞いたら、理論上は百メートル超に及ぶ加熱・冷却の装置が必要とか言われたことがあるそうですよ。そりゃ大手蔵でも導入出来ないわけですよ。
したがって、本当に手間暇かけて品質の良い清酒を出す場合にやることが多い瓶燗は、知っている人が見たら立派な武器になる商品特徴なのですが、普通の人はそもそも清酒における充填後の低温殺菌の存在自体を知らないこともあります…。
貯蔵等に関する要件
造ったあとの管理などに関する表示もいくつかありますので、順次説明していきます。
酒造年度(BY)
税務上の管理項目になりますが、7月1日から6月30日を「酒造年度」としています。英語で表すとBrewery Yearとなり、略称が「BY」です。和暦、西暦どちらでも使われます。これ書いている令和4年3月なら「令和3酒造年度」または「2021酒造年度」、「R3BY」や「2021BY」などと記載されます。
【3】清酒の表示(1) で書いているように、製造年月の表記は商品化したときをもって表しますので、中の酒がいつの仕込のものかはわかりません。それを明示したい蔵元が記載することがあります。
古酒
新酒・古酒は表示上の明確な定義はされていないのですが、管理上は上記の酒造年度で切り替わります。なので6月に検定された「新酒」でも、7月1日を過ぎた時点で翌酒造年度の「古酒」になります。
したがって商品特徴として「古酒」を謳う場合、任意記載事項の「貯蔵年数」の要件を確認した上で「○年貯蔵」とか、上記の「酒造年度」を示すことが多いと思います。
「熟成古酒」とは「長期熟成酒研究会」が独自に「満3年以上蔵元で熟成させた、糖類添加酒を除く清酒」と定義していますが、その研究会の中での取り決めに過ぎず、そこに属さない団体の商品に対して適用されるものではありません。
また「大古酒」という表現もたまに見ますが、古酒そのものに明確な定義が無いので、さらに古いといわれても…というところで、それなら貯蔵年数を表記した古酒でいいんじゃないのと思います。
貯蔵環境
通常の貯蔵環境ではない特異的なモノに表示されていることがあります。これまでに見たことがあるのは「氷室」「雪室」「トンネル」「ダム湖」「海中」など。
「氷室」「雪室」は特に説明不要でしょう。「トンネル(や廃鉱山など)」は、年間を通じて温度の安定した暗所となるためです。いずれも普通の貯蔵庫と変わらないのですが、自然環境を利用した貯蔵法ということです。
「ダム湖」「海中」については、温度も比較的安定し、遮光もされるのですが、それ以上に振動がもたらす熟成効果が注目されています。たしか「もやしもん」でも泡盛の海中熟成の話があったなぁ…。
タンクに音楽を聞かせる蔵もあります。これも振動というか波長というか、音楽のもたらす何かしらのエネルギーが作用しているということなんでしょうが、私は物理屋さんじゃないのでそれ以上はわかりません。
定義のない伝統的表現
よく使われる単語だし、業界で共通見解としてあるようで、その実は定義がないために、また今更国税庁も出すことはせず、結果各社の判断で用いられるため、消費者も困惑する一番厄介なやつです。
手造り
ホント良く使われるのに、何をもって「手造り」とするのかが明確ではありません。業界で基準を決めようとしたこともありましたが、実現に至っておりません。
仕込みの規模で明らかに大型機械じゃないと処理できないレベルのものはともかく、これは機械だからダメ、と言い出したら行き着くところは電気ガスも使わずに薪でお湯沸かすのか、と月桂冠さんが半ギレ気味にまとめていて、この説明ホント大好きです(笑)
ひやおろし
以前にも触れましたが、元々用語としてはこんな感じです。これは国税庁の定める要件ではありません。
生詰の技術と低温流通の普及により、秋の季節のお酒として広く販売されるようになったのですが、いつの頃からか重陽の節句である9月9日をひやおろしの解禁日と称していたり、今ではものによっては8月のうちに店頭に並ぶものがあります。
いやまだめちゃくちゃ暑いよ?
というか暦の上の秋にすらなっていないよ?
元々は「秋あがり」と言って、冬から春にかけて出来た新酒が一夏を越して、粗さや角が取れて円熟味を増し品質が上がることが「ひやおろし」の大前提でして、まだ夏も終わっていないうちに詰めてどうするの?と思いますし、それで「ひやおろし」とはこういうものですよ、とどう消費者に説明するのかな…。
何でもかんでも季節先取りで売りたがる小売店の意向なんですかねぇ…。
しぼりたて
これも搾っていつまでが「しぼりたて」なの?となるやつです。さすがに古酒でこの表現はないと思いますけど、生貯蔵酒をもって「搾った当初の風味を保持したもの」だから「しぼりたて」だ、というのが通用するみたいです…。
地酒
最後にこれに触れておきます。
ひどい情報配信サイトでは「清酒」「日本酒」「地酒」の違いとか、訳のわからないことを言っているところもありました。
「地酒」に定義はありません。
元々は「下り酒」に対する「地廻りの酒」から来た用語なのでは?と考えられております。どちらかというと銘醸地の酒に比べて劣るものを指していました。それが徐々に、都会に流通せず地元だけで飲まれていた地方の清酒を指すようになったと思われます。
しかしいつの頃からか灘・伏見の大手ナショナルブランドの大衆酒と対比して、それらより美味い地方の酒を「地酒」と呼んで区別し始めたあたりから、だんだんと意味合いがおかしくなってきたのではと感じています。居酒屋でもよくありますよね。「日本酒」と書いて大手のレギュラー酒(ひどいときは銘柄書いていませんが)の燗酒がいくら、続けて「地酒」と書いて有名銘柄の冷酒がいくら…。
灘・伏見で造っていても生産や流通の限られている小さい蔵とか、銘醸地じゃないとこにあるけど何万石と生産していてナショナルブランドに匹敵する蔵とか、蔵はあっても市場が東京で地元に酒が回ってこないところとか、地域に根付いたといいながら使用米は兵庫の山田錦や愛山とか、いろいろあって何を基準にするかは誰も決められませんよ。
その地方で手軽に買えて、その地方の食文化に根付いた味わいのお酒、あたりが落とし所では?と個人的には思いますけどね。原料米については、ワイン文化におけるテロワール?を無理に受け入れようとしなくてもいいんじゃないかなと思っています。
「地酒」と区分された上で、獺祭、八海山といった全国規模の銘柄が並ぶのには少しだけ疑問を感じています。灘・伏見の中堅蔵よりも銘柄が浸透して、全国どこでも買えるくらいに生産・流通するところまで来ても「地酒」なの?って思いません?
それらの蔵が地方から底上げしたことで清酒の活性化に繋がっていますので、規模が大きくなったことをとやかく言うつもりは全くなく、販売者や消費者の意識が問題なのかなぁと。「地酒」と括って住み分けせずに、〇〇地方の清酒(日本酒)、でいいんじゃないの?というお話です。
最後は説明というより愚痴ですね(笑)
たぶんこの項目、何かあったらしれっと追加していくと思います。
次に何を書こうかなと思ったのですが、地理的表示すっ飛ばしてたんで、ちょっとそれやりましょうかね。
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