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未来は不可避である。

わかった様で、わからないお話しをします 笑

『未来は不可避である
つまり、未来は決まっているというお話し。

これは、運命論と言われるものです。
未来が決まっているなら、生きる意味なんてあるのか?という疑問が湧いてきます。しかし、運命と自由意志はセットになっています。

起こってしまった望まぬ過去を振り返れば、嫌でも運命というものへたどり着くことになります。

わたしたちに起こる出来事は不可避です。
なぜなら、未来を予測することが不可能だから。
諸条件を元にした推測は可能だけれど、その結果は予想外かもしれない。

もし未来が予測できたら、災難回避も可能だけれど、所詮それは叶わないこと。

あの時、もっと別のことがやれたんじゃないか。
もっと自分は頑張れたんじゃないか。

後悔している今という未来を予測できたら、もっと違う結果になっていたかもしれないが、それは不可避。

けれど、これから先の未来には選択の自由と言うものがある。
右へ行くか、左に行くかは自分次第だ。

未来は予測できないけれど、確かにそこには自由がある。
生きる意義というものがあるはずだ。

未来とは、不可避と同じ次元にある自由。

結果が予測できない自由な未来と不可避(運命)は、表裏一体。
つまり、未来は自由ではあるけれど、不可避(運命)でもある。

予測できない未来に向かって、予測できなかった過去(運命)を受け止めていく。

人の一生は、不可避(運命)という足跡を後ろに残し、自由という名の下に新たな足跡を前に創り出していくことだと思う。

ならば、これから先にある未来の自由を味わい、不可避(運命)を受け止めて生きることしか、わたし達にできることはない。
自由な選択の先にある望む未来を信じたい。


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