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あのとき思い切って日本を飛び出していなかったら。(その4)

カットができるようになって、人生が変わりました。

前のサロンでいくら練習しても認められなかったのは、技術以外の個人的な差別と偏見のフィルターを通して見られていたからだと、初めて気づいきました。

長い間、ずっと、ずっと、解放されたかったのです。

表現者として早く自分を放ちたい。クリエイティビティとデザイン、今にも脳みそからあふれ出しそうなのに、箱の中に入れられ、蓋を閉められていたようなニューヨークでの最初の3年間。あの時、美容を嫌いにならなくて本当によかったーと思いました。

デビューして、本当にたくさんのお客様を入客させてもらい、デビューしたての私は、毎日が勉強。当時、先輩美容師が本当によく教えてくれたました。

まだ顧客があまりいなかった私は、ウォークインが営業終了5分前に入ってきても絶対に断らなかったし、休みの日も朝から晩までモデルをやりました。とにかくヘアができる喜び、指の先からデザインを生み出すあの感覚に浸っていました。

デビューから半年後、私はアシスタント無しで15000ドル(約150万)の売り上げ新記録を出した時、私の予約はもうすでに2週間も先まで埋まっていました。

当時カット料金は70ドル(約7000円)。そこから80ドルへ値上げ。当時ハイトーンのダブルプロセスのお客様が多かったのだが、アシスタントがいないと予約を被せてとることが出来ないため、全部ひとりでやるとすごく時間がかかるのです。

仕事はどんどん早くなっていきました。そして、どんどんうまく。

カットは30分おき、シングルプロセスのカラーだと1時間、シンプルなダブルプロセスだと2時間半の枠で取るようになりました。より多くのお客様を担当できるようになって、それでも予約は埋まり続けていきました。最初はお店の集客によって入客したお客様をリターン、そして紹介を呼ぶことで顧客を増やしていったけど、インスタグラムにヘアを載せることによってソーシャルメディアから紹介が来るようになった。これは、今みたいにソーシャルメディアでの集客がまだ当たり前じゃなかったころの話で、フォロワーも500人ほどから、1年で6000人に増えました。

私はただ、良いヘアを作り続けていた。ある時、現地の友達からよくこんなことを聞くようになりました。

「こないだ街でマサミっぽいスタイルのヘアカットの子がいて、どこで髪切ったの?って聞いたらやっぱりあなたのお客さんだったよ。」

自分のシグニチャースタイルが確立できているのだと思えてきた頃でした。

私の得意なスタイルは、とにかく寝癖のままでもキマるカット。ニューヨークのお洒落な子はそんなに頻繁に頭も洗わないし、スタイリング剤やアイロンどころか、ドライヤーすら持っていないのですから・・。

彼らのようなセンスのいい人たちに、美容室帰りだけキマっているようなヘアカタのようなスタイルは喜ばれないし、スタイリングしないとキマらないカットではリターンしないのです。その頭を洗ってない感じのナチュラルさと、「寝癖風」じゃなくて、どうやったらいい感じの寝癖がつくようなテクスチャーをカットで作ってあげるかがコツだったのです。

自分の作ったヘアスタイルが、ニューヨーク中のお洒落な子達の間で流行っていくのを肌で感じていました。

「いつかニューヨークで、自分のお店を出してみたい。」

そう思うようになってきました。好きな家具に囲まれて、好きな音楽を流して、ニューヨークのダウンタウンのイケてる子達が戯れられるような空間を作りたいなと。60年代にアンディーウォーホルが作ったファクトリーのような空間・・レンガの壁はシルバーに塗ろう。

Kenさんにその話をしてみたら、「それいいじゃん。マサミのお店、プロデュースするよ。」と言ってくれて、なんとその話をした1ヶ月後には物件が見つかり、その2ヶ月後にはお店がオープンすることになったのです。

名前は「VACANCY PROJECT (ベーカンシープロジェクト)」

VACANCYというのは、モーテルの空室、というネオン管の看板から取ったもの。カットの予約がなくても、むしろ髪を切りたい人じゃなくても、ウェルカムな空間にしたかった。ここに集まる若いクリエイティブな人たちが、ニューヨークの次の歴史の1ページをを作るような場所に。

真っ白な空間の中の一角に、シルバーに塗ったレンガの壁。ヘアサロンらしさは感じないけど、ちょっと無機質で、その中に遊びのあるスカンディナヴィア風のカラフルな小物を置いた。

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植物に囲まれた半地下のVACANCY。席は1つだけ。

スタッフは私ひとり。2016年の4月、小さな半地下のヘアサロンはイーストビレッジのアルファベットシティにオープンしたのです。

つづく。


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