見出し画像

相手が望んでいなくても育てられる

“本人が自分の望みを知っているとは限らない”

「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう」(ヘンリー・フォード)

「多くの場合、人は形にして見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ」(スティーブ・ジョブズ)

大衆の要望を聞いているだけでは、車もiPhoneも誕生しなかった、これは人材育成にも同じことが言えます。
人材育成は、以下の3種類の社員がいた時にどの人材に行えば良いでしょうか。

①能力が高く、さらに上位の仕事をしたいと願う自己成長意欲がある社員
②能力はまだまだだけど、自分を変えたいと願う向上心がある社員
③能力に大きな問題がないけど、周囲に大きな信頼を得られているわけではなく、特段自分を変えなきゃいけないという危機感がない社員

①の人物はいずれ幹部になれるであろう人材であることから、社歴や実績によっては事業部のトップが直接研修をしても良いです。またはトップと言わないまでも主任に委譲しても育ってくれる人材です。

②の人物は自分を変えたいという気持ちを持っているので、研修のしがいがあります。先輩社員でも良いし、主任クラスに預けても問題なさそうですね。

では③の人物はどうでしょうか。恐らく①、②の人物が優先されて、特に育成対象とならない可能性が高いです。本人から特段申し出もなく、普段の仕事が大きな問題に発展することがないようであれば、時間も労力もかける必要がないという判断になるでしょう。

“人が育つのを待つのではなく、育てる”

③の人物は大きな問題は起こしません。ただ成長意欲がない人物が事業部内にいると、リーダーの知らないところで若手社員に悪影響を及ぼす可能性があります。

先輩社員が自己成長に興味がないと悟ると、新入職員が憧れを抱かずに目標を失い、退職を検討しだすという例もあります。本人に自覚症状がないままです。そこで成長意欲を喚起したいけど、本人が望んでいないのに促せるものなのでしょうか。

実際にあった事例を紹介します。

■女性社員Dさん
Dさんは年齢は40代。転職組で現職は5年目を迎えていました。事務作業が得意で、仕事での目標は持ち合わせていないという状況。目標がない背景には、過去4年間の仕事の中で年間の流れやある程度の仕事の進め方は把握できており、そつなく何事もこなせるようになっていたことが大きいです。

360度評価を導入していた経緯から、計画力や正確性、スピードなどの実務能力の評価に加え、コミュニケーションや説得力、統率力などのリーダーシップに関わる項目の全てが、平均を少し越えています。

本人の中で全ての項目で平均を少し越えているから良しとするのか、何か突出した力があるわけでもなく、大きな課題を抱えているわけでもないことを問題視するか。
このDさんに対するイメージは前者です。入社してからずっと同じような評価なんですよねぇという言葉から感じ取りました。
どのように育成していくか検討し、以下のような結論に至りました。まずは成長が必要な状況を設計する必要があります。

・後輩2人をまとめる役割に任命
・1つの大きな業務のリーダーに任命
・事業部のトップからの1on1の対象に設定

これらの環境を設けることで、うまくいかない状況が生まれ、成長意欲を刺激できればと願いました。
OJTとして初めての1on1をする日。自分自身もどう導いていくか絵図を描いていたわけではなく、まずは本人に用意した環境がどう作用しているのか、心の動きを聴くことにしようと決めました。

“本人が知らない長所に気づいてもらう”

私の印象とDさんの自覚が合っているか確認するため、まずは強みと課題を聞いてみます。この質問には他にも意図がありました。

強み 日程の組み立て、段取り良く進めていくことや事務作業の正確さ
課題 気持ちを上げていけない上に、波がある。納得するまで時間がかかる

こう返答したDさんは、私の見立てと大きな差はありませんでした。ただ、今後の1on1を行う上で初回の信頼関係構築は重要でした。そこで、本人に自覚がない強みをどれだけ実感込めて言えるか。
普段からDさんのことに関心を持って接しているというメッセージを発したい、そのため納得するまで時間がかかると言っていたDさんの自覚症状を踏まえ、本当に心から思っている強みを伝えました。

「Dさんてさ、実は素直だよね」
「えっ、私がですか?」
「そう、素直の定義ってさ、言われたことを何でもYesって言う人じゃなくて、それってただのYesマンだからさ。Dさんは、初め納得いかないことだったとしても、腹落ちできれば確実に意図に沿って対応してくれる。その姿勢をとても信頼しているよ」
普段会議での発言や進め方を具体例として挙げて、本当にそう思っていることを強調しました。この発信をするのとしないとでは、その後の1on1の効果が大きく変わってきます。
さらに後輩2人をまとめる役割を担っていることで、何かこれまでと違うところはないか聞いてみました。

「人に伝えるのは難しいなと思います。クラス運営に役立つことを提供できないし、発信する役割を頂いているのに知識が足りないと感じます」
この発言を聞いたときに、成長意欲を引き出すために設計した環境が功を奏したと感じました。
「では今後の面談では、教務に役立てられるような知識を会得していくことを目的としようか」

早速、読書の課題を出してみました。本人は読書が苦手で、特に物語の本を読むのはすぐに眠くなってしまうとのことでした。著者の持論が書かれるビジネス本はどうかと勧めると、それならまだ読めるかもという返答です。

この時はまだ、私の成長意欲の自走の手段が読書しか思い浮かばず、まずは王道の読書を勧めてみることにしました。次回の面談では、今まとめてくれている後輩2人の長所と課題をお話できるように準備してきてと伝えてこの日は終えました。

そして迎えた2回目の面談日。後輩2人の長所と課題についてはとても的を射た見方ができていたので、その課題について気づいてもらうためにはどうしたら良いかという話題になりました。本人に答えてもらった後、自分の見解を共有します。やはり引き出しの少なさを課題感として持ってもらいます。

次に課題としていた読書について、読み終えており、勉強になった箇所にマークがしてあったものの、読むのがとても苦しかったという感想でした。
その表情からこの1on1が業務になりつつあり、本人の負担が増えているような印象を受けました。

実際にDさんと別の部下が会食に行った際には、読書が苦痛だとこぼしていたという話を聞いています。さらにDさんと親しい主任からは、Dさんて変わることを望んでいるんですかね、と言われる始末でした。恐らくDさんは変わらないといけないほど、自分に危機感を持っていないですよ、と重ねてきます。

当時私は事業部長でありながら、同時に3人の部下の1on1を担当していたため、本人が望んでいないのならこれ以上の面談をする必要はないのかと打ち切ろうとも考えました。

でも何かきっかけさえあれば人は変われるはずだという信念に基づき、ビジネス本が苦手とのことなので、今度は仕事の信念を磨ける漫画を勧めてみた。

“成長意欲は、本人の気持ちの矢印と揃って初めて刺激できる”

3回目の面談。本人は真面目なので必ず読了してくるものの、やらされている感を拭えてはいません。それもそのはずです。僕は自分が人に読んだ方がいいと勧められる本は、あまり進んで読めないことを思い出しました。

少し、方向を転換しようと今回はDさんのルーツを聞くことにしました。Dさんは父親が陸上自衛隊に勤めていたこともあり、幼い頃から引っ越しが多かったようです。そのため、新しい環境に飛び込むことには抵抗がありません。ただこれまでもバドミントン部、生徒会と活発に過ごしてきたけど、人に深入りすることは苦手とのことでした。

2人で話を深めていくと、人と人間関係を結べたとしても結局は別れを経験する原体験から、Dさんは人に関心を持てていないことに気がつきました。加えてDさんは気持ちに波がないという自覚を持ちながらも、人と関わることを得意としていきたいという欲求を持っていました。

人に興味を持つことは技術。Dさんのように自覚できれば、後天的に身につけられます。
本でも、漫画でも成長意欲の自走を促せなかったのでDさんの課題と欲求を結び付けられないか、話し合ってみました。
すると今現在は婚活中で、初対面の人になかなか興味を持てないという現状があることが分かりました。

なんと3回目の面談では、今後Dさんが年収も年齢も自分より上の人と会ってみて、その人が仕事で意識しているこだわりに触れようということで話がまとまりました。
このような抽象的な議論が成立するのは、普段の信頼関係があってこそですが、婚活にまで話が及ぶとは僕自身も想像していませんでした。ただ、これまでの読書で課題を出したときよりDさんの表情は生き生きとしていました。

“成長意欲の自走を促すには、自分も成長する”

読書の自走を促せない人材の成長に悩んでいた僕は、読書以外の自走の道を模索していました。そんな時、SNS上でビジネス書の著名な方々がラジオ音声アプリを通じてご自身の価値観を発信しているツールを知ることとなるのです。
試しに視聴してみると、読書に負けないぐらい有用なツールでした。

4回目の面談では、婚活の状況を伺うとともに音声アプリをその場で勧めてみました。フォローする相手は自由に選べるので、サンプルとして僕が勉強になった人を一人だけ勧めて後は任せてみます。

ビジネス本、漫画、婚活、音声アプリと勧めてきたけど、その場での反応でようやく本人から「これ良いですね」という言葉が出てきました。
次回の面談で聞いてみると既に自分から専門知識に関わることや仕事に関わることを学べる相手をフォローし、自主学習を行っています。そこで得た知識は、後輩2人に話す上での引き出しの増加に貢献しているとのことでした。

今回、Dさんが極度に読書が苦手という性質を持っていたために、僕自身のアンテナも磨かれることとなり、最適なツールを促すことができました。
もし、会食でこぼしていた時点で育成を諦めていればこのようなツールにも出会えなかったかもしれません。
この後Dさんは後輩2人とともに、愛校心が高く退学者の少ない学年のマネジメントをしていくことになります。

”育成側が諦めなければ、初めに相手が望んでいなくても育てられる”

続きはまた違う記事で。最後までお読みくださり感謝。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リーダ―育成コンサルタント

本間 正道
Email: playbook.consultant@gmail.com
twitterID:@masamichihon

amazon.co.jp/dp/B08BDYYN8H/

https://note.com/sanctuary_event/n/nc67ae420937f


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

よろしければサポートをお願いいたします。御恩は忘れません。頂いたサポートは、多くの人材が再び輝く日本にしていくための活動に充てさせていただきます。