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資金決済WG報告書の解説③

金融庁を事務局とする金融審議会の資金決済ワーキング・グループ(WG)が12月28日に開催され、これまでのWGの議論をとりまとめた報告書が公表されました。この記事はWG報告書から読み取れる分散型金融の規制のゆくえと、デジタル金融の進展に伴い不可避となるマネロン・テロ資金供与対策(AML/CFT)の強化・高度化について、起業家をはじめとする新しいサービスを創る皆さんを主な読者と想定して、これからどのように皆さんが動いていけばよいかの参考となるように、なるべく分かりやすく紹介していきます。

第1回 報告書をめぐる金融規制の全体の流れ
第2回 国内ステーブルコイン法制のゆくえ
第3回 海外ステーブルコインの日本持込ルールとメタバース世界(今回の記事)
第4回 銀行デジタル通貨のこれから(分散為替サービスの銀行/ペイ業者への影響)
第5回 プリペイド型電子マネーとAML/CFT
第6回 AML/CFTのRegTech

海外ステーブルコインの議論は、国内ステーブルコイン法制をどのように海外ステーブルコインに適用していくかという議論なので、まずは第2回「国内ステーブルコイン法制のゆくえ」を読んでいただいた方が分かりやすいだろうと思います。

なぜ海外ステーブルコインの話が重要なのか

海外ステーブルコインのうち、WG報告書で議論の対象となったのは「電子的支払手段」、すなわち(単一の)法定通貨を裏付けとして発行されるステーブルコインということになります。主にはTether、USD Coin、Binance USDなどを念頭においていただければよいでしょう。

これらの海外ステーブルコインは、発行者が外国の事業者であるわけですが、発行者と仲介者を分離する新法のもとでは、日本にはライセンスを持った仲介者がいれば海外ステーブルコインの日本での流通を担えるということになるのかどうか、というのがここでのトピックの中心ということになります。

海外ステーブルコインの日本持込みについて回を分けてとりあげているのは、その規制態様が日本のメタバースの進展にも影響するだろうと思われるためです。

Web3の世界観として人々が念頭に置いているのは、人々がメタバース空間で様々な国や地域の人たちと交流・活動し、そこでNFT化された土地や建物、衣服やその他のアイテムを取引し、その決済を暗号通貨やステーブルコインでおこなったり、分散金融の仕組みを使って両替、送金、貸付その他の金融取引をP2Pでおこなったりといった類の世界でしょう。第3回は、金融規制の動向を見るとこのような世界観を表社会のルールを守って実現するビジネスを作る(日本の起業家の目線からすると、東証に上場することができるような企業をつくる、ということになりましょう)ためには一筋縄ではいかないぞ、ということを皆さんと共有することを目的の一つとしています。

海外ステーブルコインの規制上のとらえかた(発行者規制)

ステーブルコインは、資金を移動するための仕組みを提供する行為(為替取引)を、資金を預かる事業者(発行者)と残高帳簿の維持・更新を管理してエンドユーザの資金の移動を手伝う多数の事業者(仲介者)が役割分担して協働しておこなう仕組みと捉えられています。

発行者と仲介者ということでいえば、外国株式その他の外国有価証券のように、発行者が海外でいったん発行し外国取引所で流通しているトークンに対して、エンドユーザは仲介者を介して自由にアクセスすることができるという規制の態様もありえたようにも思われます。

しかし今回金融庁は、ステーブルコインの決済手段としての特性を重視して、電子マネーの法制との整合性をとる方向で海外ステーブルコインを取り扱う判断をしました。

つまり、前払式支払手段や資金移動業者の発行するいわゆる電子マネーは、海外の発行者は日本に拠点を持ちライセンスを取得しない限り、日本に対して直接これらの電子マネーサービスを勧誘してはいけないことになっています。対発行者規制との関係では、ステーブルコインもこれと同じであるというスタンスを取り、海外のステーブルコインの発行者が国内で流通させるためには、国内のライセンス(つまり銀行業免許か資金移動業登録)をとらなければならないということです。

金融庁はこのような政策を、EUのステーブルコイン規制案も同様に、ユーロ建てのステーブルコインはユーロ圏内で発行されたものとみなして規制を適用することになっているということで正当化を試みています。しかしEUのルールはユーロの通貨安定のためにユーロ建てのステーブルコインについて上記提案をしているはずでして、日本のように海外発行のステーブルコインはなんであれ、日本への持ち込みのためには日本の銀行業免許か資金移動業免許を取らないといけないというスタンスは、EUルールを持ち出しても正当化できるものではないように思われます。

日本で取り扱うことができる海外ステーブルコイン

第2回でもご紹介した通り、WG報告書では、利用者保護の観点から、発行者規制としてステーブルコインが保持しなければならない商品の特性(要件)を以下の通り定めています。

① エンドユーザの発行者に対する直接の償還請求権が明確に確保されていること
② 発行者・仲介者が破綻した時もエンドユーザの償還請求権が制度上保護されていること

そのうえで、海外発行のステーブルコインについても、上記2点が確保されていないと利用者保護上問題があるとして、(発行者が日本でライセンスを持ったとしても)日本への持ち込みは禁止するというスタンスを取っています。

WG報告書は丁寧にも、この基準で米国で発行されているメジャーなステーブルコインを以下のように評価しています。

  • 発行者に対する償還請求権の保持者や償還金額の制限などが様々に課されており、償還を7日間先送りしたり、任意の時点で償還を停止したりする等、償還のタイミングが不透明

  • 暗号資産取引プラットフォームにおいて顧客のステーブルコインが分別管理されていない。

  • 実務上、海外所在の発行者の破綻時にクロスボーダーで利用者が償還請求権を円滑に行使することは難しく、発行者に国内拠点の設置や資産保全等を求める必要がある。

2点目は仲介者規制の話のはずなので書き手も色々と混乱しているところがありますが、要するにWG報告書は、米国のメジャーなステーブルコインは利用者保護上問題のある仕組みになっているので、仮に日本の発行者ライセンスを取ったとしてもそのままでは日本には提供できない、ということを繰り返し述べています。

仲介者規制

上記の通りWG報告書は、発行者による日本居住者に対するステーブルコインの提供に拒絶反応を示しています。同様に仲介者に対しても、第2回でご説明した通り、利用者保護上問題のある電子的支払手段を取り扱わないために必要な措置を講ずることが、仲介者ライセンス付与の条件であるとしています。

上記の通り、現在世界で流通している米国発のメジャーなステーブルコインについて、WG報告書は利用者保護上問題があるとのスタンスを取っていますので、仲介者はなんであれ米国発のメジャーなステーブルコインを日本で取り扱ってはいけないということになります。

そのうえでWG報告書は「では仮に海外で日本の基準から見て適正なステーブルコインが開発されたときに仲介者がこれを取り扱うことができるのか」についても検討を加えています。

これに対しては、発行価格と同額で償還を約束している電子的支払手段の性格を踏まえると、発行者の破綻時に利用者資産が適切に保護され、実務において利用者が円滑に償還を受けられることが重要であることを理由に、国内に発行者の拠点が置かれ資産保全がなされていることが取扱いの条件であると述べています。この点はさすがに金融庁も悩んだようで、「現時点では」「基本的に」といった留保文言を付けたり、「FSB(金融安定理事会)の勧告も利用者の償還請求権の法定協勢力等やプロセスに関する法的明確性を求めている」とFSBの権威を借りたりして、なんとか立場を正当化しようとしています。

リーマンショックの際もそうでしたが、海外金融機関の破綻時には、海外当局は国内利用者の保護のため、率先して資産の国外流出を止めたり、国外にある資産を本国に還流させようとします(リングフェンシングなどと呼ばれます)。いくら海外に利用者保護の破綻法制があったとしても、金融機関の破綻という修羅場のもとでは海外法制や海外当局を信用するわけにはいかないという、当局担当者の経験に裏付けられた強い信念を感じさせます。

国際金融規制の世界では、リーマンショック後に「too big to failを終わらせる」という掛け声のもと、クロスボーダーで活躍する大規模金融機関グループを中心に秩序ある破綻処理が進むよう、制度の改善を進めてきています。僕自身もリーマンショック後の後始末に当局者の立場から関わらせてもらいましたので、制度設計の責任者が海外発行のステーブルコインの破綻時に日本の利用者が阿鼻叫喚しないよう、慎重に制度を作りたいという気持ちは痛いほど分かります。

日本がガラパゴス化する、Web3やメタバースの世界観の実現のためにあり得ない規制である、と批判するのは容易いですし、せっかく分散型トークンの仕組みを入れたのだからもう少し発行者側に責任を寄せた仕組みとは異なる仕組みにはできないものか、と個人的にも思うのですが、決済性の商品のクロスボーダーの取扱いを制度として定めるということは、それだけ難しいことなのです。

なお現在、米国でもステーブルコインのストラクチャが利用者保護上十分ではないという議論が出ており、11月にはPresident’s Working Groupから規制案についての報告書も出ていますし、これを受けて公聴会も始まっている状況です。公聴会の議論を見ると現行のステーブルコインの仕組みに対して厳しい声もあがっており、委員からはそもそもステーブルコインなど必要なのかというところから疑問を呈されていたりして、制度のレベルの議論はまだまだこれからという状況です。

米国もステーブルコインを連邦法レベルで規制する方向を打ち出していますし、「基本的に」「現時点では」の留保は、今後米国がステーブルコインの法制を動かしてきたときに、それに合わせて日本も制度を動かしていく心づもりはある、という担当官の気持ちの表れなのではないかと思います。

海外ステーブルコインの日本持ち込みのゆくえ

WG報告書に記載された通りに制度が制定されるとすると、海外発行のステーブルコインを日本に持ち込むためには、発行者が日本に拠点を置き必要なライセンスを保持し、国内に資産保全をすることが必要になるということではないかと思います。

日本の当局はもともと暗号資産についても、P2P取引を除いて、日本の居住者は日本の暗号資産交換業ライセンスを持っている事業者からしか暗号資産にアクセスできないというつもりで行政をしていますので、ステーブルコインについても同様に、日本の仲介者ライセンスを持っている事業者からしかステーブルコインにアクセスできないこととすることは、予想されていたことでした。これに加えて、発行者の方も日本に拠点を置いて日本のライセンスを保持し、国内に資産保全をしないといけないというのはなかなか痺れるルールです。このような拠点設置や国内の資産保全義務のようなものに対しては、ACCJ(在日米国商工会議所)が血相を変えて反対するという流れがあってよいはずなんですが、今のところそのような話にはなっていなさそうです。何か手を打つのであれば、国内事業者の団体からは難しいとすると、このようなプレイヤーに期待するしかないのかもしれません。

なお、国内への資産保全義務を課すというやり方は、金融の世界では金融機関の海外進出の際の規制方法としてしばしば出てくる話なのですが、基本的には外圧がかかって通しにくい手だと思っています。日本も米国に対して、再保険提供に際して米国への資産保全義務がかかっているのはおかしいということを主張していた過去があったはずです。発行者の国内ライセンス規制、国内資産保全義務の話が今後変わっていくとすると、各国がステーブルコインの法制を整えて日本とは異なる行き方をしたときにかかってくる外圧が最も可能性がありそうに思います。

それまでの間は、どこかの日本の銀行や信託会社が、海外発行ステーブルコインのブランド名(または独自の名称)で、日本国内流通分のステーブルコインの面倒を見るフランチャイズ方式の仕組みを構築するのが最も早いかもしれません。いったん日本の銀行や信託会社が日本持ち込みに対するゲートウェイとして立ち、海外のステーブルコインと日本国内流通用のステーブルコインを両替したうえで仲介業者経由で日本で流通させ、海外に出す時はこの逆を行うようなイメージです。手数料がかかりますのでステーブルコインの良さが減殺されてしまいますが、どちらのステーブルコインもブロックチェーン上に実装されていれば、スマートコントラクトの使い方次第ではユーザビリティをなんとか維持した形で日本に海外ステーブルコインの便益(特に外国のユーザとのやりとり)をもたらすことができるかもしれません。

メタバースにおける決済通貨としてのステーブルコイン

海外発行のステーブルコインについてWG報告書に書かれているような面倒なルールができるとした場合、仮にルールを遵守しながらメタバースの世界観を実現しようとすると、どのような決済の仕組みを作る必要があるのかということを考えることは、Web3 xメタバースの領域を見て東証への上場を目指そうということを考えている起業家の皆さんにとって大切かと思います(個人的にはWeb3にコミットすることと伝統的な株式上場を目指すということが企業の行動上どのように一貫したものとして説明することができるのか、という部分には興味があります)。

ステーブルコインについては(暗号資産もそうだと思いますが)unhosted custodial walletの利用が禁止される方向は動かなそうですので、DeFiを使うとしてもうまく適法な状態を確保できるか、個々の取引は単純にP2P取引と構成することでメタバースのビジネス上は支障がない状態を作ることができるのか、といった点はまだ解明されておらず、ビジネスを作っていく中で皆さんと一緒に探索していくことになるのだろうと思います。

最後に、今回のステーブルコインの法制をめぐる規制担当官とのディスカッションから感じたメタバースの世界の実現に関係する洞察を皆さんと共有したいと思います。

ディープラーニング系のAIが世間に注目され大きく騒がれた初期のころ、世間では「AIが〇〇をする」という言い方をして、あたかも行動の主体がAIであるかのような言説が世の中を覆い、政策やルールの世界でもそのような言説を前提に「AIの刑事責任」であるとか混乱した言説が散見されました。今日ではこうしたAIを主語にしたナラティブは、すくなくともまともな人たちは誰もしなくなり、「人間がAIを用いて〇〇する」というまっとうな捉え方をして、政策やルールを考えることになっています。

メタバースについても同じことが言えそうです。メタバースではリアル世界ではないサードプレースという場所を想定してアバターがそこで取引活動をするという表現を使いますが、ルールの世界から見るとそのようにはとらえることはできず、「人間Aがある国Xからインターネットにアクセスし、別の国Yからアクセスしている人間Bとの間で、それぞれアバターを介して取引活動をする」ということにほかなりません。メタバースで経済活動するというナラティブも、主権国家の立場から見ると「X国のAとY国のBの間のクロスボーダーの商取引ですよね」ということになりますから、主権国家として最も重要な活動の一つである徴税のため、金融部分を押さえにかかることは明らかといえます。

規制の世界から見ると、Unhosted custodial walletを撲滅し、金銭価値のある資産を保持するすべてのウォレット/アカウントをリアルの人間と紐づけて(=本人確認義務を要請して)、自国民からの徴税を確保するという主権国家側の一貫した目論見は、AML/CFTの政策に隠れた一大テーマとして着々と進捗しているように見えます。いま日本をはじめとする各国が目指しているデジタルのガバナンス政策からすれば、価値移転のたびにスマートコントラクトで国家が開設する徴税用ウォレットに自動的に一部が送金される仕組みの導入を法律で義務付け、これを遵守しない企業を高額の罰金を科し、個人を刑務所に拘束するということくらいはやると思っていた方がよい気がします。

人間が生身の身体を持ち、その身体をどこかの国家に物理的に置かない限り活動することができない以上は、DAOで事業展開したとしても構成員の身体は国家の管理下にあるわけで、国家が作るルールに縛られざるを得ません。これまでのインターネットは単なる情報のやり取り程度だったので国家があまり目くじらを立てることはなく、比較的勝手なことができましたが、Web3は価値をインターネット上でやり取りすることになります。Web3 xメタバースは、人間を管理下においてその活動から徴税するという国家のビジネスモデルと正面からバッティングするモデルといえます。

Web3xメタバースのオーナー(それが起業家なのかVCなのかユーザーなのかは措くとして)と国家のうちどちらが強いかと言えば、やはり物理的な身体を押さえている国家側です。AntFinancialをめぐる馬雲と中国の例が単に中国という権威主義的国家の故に起こったことであると片づけることができないのは、米国発のLibra構想が最終的にpermissioned blockchain上に展開する銀行発行のDiemと化してしまったことを見れば、ご理解いただけるのではないかと思います。

Web3 x メタバースについては、イノベーションの目線からのさまざまな夢のある話がSNSを中心に語られており、これからチャンスしかない領域だと思いますので、起業家の皆さんには新しい領域でぜひとも励んでもらいたいと思います。その際には、他方で規制の世界の住人からWeb3 x メタバースがどのように見えるのか、彼らが何をこれからやってきそうなのかということを知っておいた方が、皆さんもビジネスの戦略が立てやすくなるだろうと思いましたので、ステーブルコイン法制の紹介を機に、この点もご紹介させていただきました。





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