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資金決済WG報告書の解説⑤

金融庁を事務局とする金融審議会の資金決済ワーキング・グループ(WG)が昨年12月28日に開催され、これまでのWGの議論をとりまとめた報告書案が公表されました。この記事はWG報告書から読み取れる分散型金融の規制のゆくえと、デジタル金融の進展に伴い不可避となるマネロン・テロ資金供与対策(AML/CFT)の強化・高度化について、なるべく分かりやすく紹介していきます。

全体的には、起業家をはじめとする新しいサービスを創る皆さんを主な読者と想定していますが、第4回以降は既存の事業者のビジネスにどのように影響を及ぼしていくか、という観点からの説明もしていきたいと思います。銀行ビジネス、電子マネービジネスに携わっておられる皆さんにも、お役に立てていただきたいと思います。

第1回 報告書をめぐる金融規制の全体の流れ
第2回 国内ステーブルコイン法制のゆくえ
第3回 海外ステーブルコインの日本持込ルールとメタバース世界
第4回 銀行デジタル通貨のこれから(ペイ競争への影響)
第5回 プリペイド型電子マネーとAML/CFT(今回の記事)
第6回 AML/CFTのRegTech

第5回は、WG報告書の通奏低音として位置付けられているAML/CFTの強化・高度化に関連して、価値移転的に用いることができるプリペイド型電子マネーにつきAML/CFTの観点から何らかの対応が必要なのではないかという問題意識をめぐるWG報告書の提言を中心にご説明したいと思います。

プリペイド型電子マネー規制の現状

利用者にアカウントを発行してサーバで残高を管理するタイプの前払式支払手段(「プリペイド型電子マネー」)は、利用者が最も容易にアクセスすることができるデジタル支払手段として定着しています。他の支払手段と比較したプリペイド型電子マネーの特徴としては、いったんチャージした電子マネーを現金化することができない替わりに、現金化の難しさゆえにマネーロンダリング等の不正使用が起こるリスクが低いことを理由に、AML/CFT規制が適用されないことになっている点が挙げられます。

これによって、プリペイド型電子マネーは、子どもや外国人旅行者でも自由に購入することができる敷居の低いサービスを提供することができています。また、現金化できる資金移動型の電子マネーサービスの提供者も、犯収法に基づく取引時確認を経ることなくアカウントを開設してもらうために、サービスの入り口としてプリペイ型電子マネーサービスを提供し、そこから資金移動型の電子マネーサービスに移行してもらうというステップアップモデルを描くことが多く見られます。

プリペイド型電子マネーの規制ハックと論点

金券ショップが正式なビジネスとして認められている現状をご覧いただければわかる通り、プリペイド型電子マネーを規制する資金決済法には、電子マネーの譲渡・移転を禁じるルールがありません。また、プリペイド型電子マネーは、利用者ごとのチャージ額の上限も課されていません。

電子マネーを規制する資金決済法のレンズから見ると、プリペイド型電子マネーには上記の2つ規制上のスキマが空いています。電子マネーの譲渡・移転は業界自主規制により制限されているわけですが、自主規制機関への加盟は任意なので、法規制のレベルでは上記のような実態の認識になるということです。

この規制上のスキマを利用する形で、電子的な譲渡・移転が可能なプリペイド型電子マネーがいくつか登場してきています。現在、プリペイド型電子マネーの出口としてクレジットカードの国際ブランドが展開する加盟店網が解放されており、プリペイド型電子マネー同士の交換が可能であることも相まって、「プリペイド型電子マネーを持っていればほとんど何でも買える」という状態になっています。

これに対して、「プリペイド型電子マネーが現金化できないといっても、現金以外の何にでも交換できるのであれば不正利用対策を全く講じなくてもよいというのは理屈が通らない。」という声が出始めています。このような現状を踏まえて、業界自主規制を超えて何か規制上の対応をしなくてもよいのかというのが議論の1つめということになります。

もう1つの議論は、規制上のスキマの2つめに関係します。電子的な譲渡・移転が可能なものには、アカウントへのチャージ額の上限がなかったり高額であったりするものがあります。上記にご説明したプリペイド型電子マネーがほとんど何でも購入できる状態にあるという現状を踏まえると、特に高額のチャージが可能なプリペイド型電子マネーについて、犯収法上の規制(AML/CFT規制)をかけていく必要があるのではないか、かけるとするとどのようにかけていけばよいのかという議論が出ており、これへの検討が2つめということになります。

また、犯収法上の規制は最終的には金融監督行政により統制されていくことになります。そこで2つめの議論の派生として、仮にAML/CFT規制を課すこととなる場合には、これを実効性のある形とするために業法上の規制をどのように変更する必要があるかという点が論点となります。

電子的な譲渡・移転が可能なプリペイド型電子マネーの類型

WG報告書は、検討の対象となる電子的な譲渡・移転が可能なプリペイド型電子マネーを、①発行者が管理する仕組みので電子マネー残高の譲渡・移転が可能な仕組み(「残高譲渡型」)と、②発行者が管理する仕組みので電子的な価値を移転することができるもの(「番号通知型」)の2つに切り分けて議論しています。

番号通知型の典型は、従来型の金券をデジタル化するという発想のもとで設計されたプリペイド型電子マネーです。典型的にはアマゾンギフト券を想定すればよいでしょう。利用者はアマゾンギフト券を購入すると番号を入手することができ、この番号をメール等で第三者に送信することで、受取人は自分のアカウントにプリペイド型電子マネーをチャージすることができます。これによって、金銭価値を第三者に移転することができることになります。「コンビニで電子マネーを買って、カード番号を教えて」というメッセージがSNSのメッセージサービスに来ることがあるかと思いますが、あの仕組みが番号通知型の不正利用の典型と考えてもらってよいでしょう。WG報告書では、この類の電子マネーを「番号通知型(狭義)」と呼んでいます。

「狭義」というからには広義があるわけでありまして、その典型として国際ブランドのクレジットカードと同じ決済基盤で利用することができるプリペイド型電子マネーが挙げられています。この仕組みも発行者が管理する仕組みの外で、チャージ済みのアカウント残高の利用権と紐づくものとして発行者から付与された番号等を第三者に通知することによって、第三者がその残高を容易に利用できることになります。番号通知型(狭義)と同等の機能を果たすものという意味で、WG報告書はこれを「番号通知型(狭義)に準ずるもの」と呼んでいます。ポイント連携を広く規制する必要はなく、加盟店を多数抱えるものについて不正利用のリスクが高いことから、利用範囲が多数かつ広範囲に及ぶ者として法令で個別に定めたものを対象とすることとしています。WG報告書は、現時点では国際ブランドのクレジットカードと同じ決済基盤で利用することができる前払式支払手段のみを規制の対象とする方針を示しています。

番号通知型のプリペイド型電子マネーの規制

電子マネーの発行者が管理する仕組みの中で電子マネーの譲渡・移転を行うことができる残高譲渡型のプリぺイド型電子マネーについては、2019年12月の金融審議会ワーキンググループ報告書を踏まえて、不正利用防止の観点から内閣府令等を改正して一定の措置を講じています。

これにより、残高譲渡型のプリペイド型電子マネーの発行者は、譲渡可能な電子マネー残高に上限を設定すること、繰り返し譲渡を受けている者を特定するなど不自然な取引を検知する態勢整備を行うこと、不自然な取引を行っている者への取引停止を行うこと等が義務付けられています。

WG報告書は、残高譲渡型についてはこうした対策が一定の実効性を発揮していると評価したうえで、発行者の管理する仕組みで電子マネーの譲渡・移転を行うことができるプリペイド型電子マネーの発行者に対しても、残高譲渡型の発行者と同様に、不正利用防止の観点から、価値移転に焦点を当てて以下のとおり環境を整備していくことを提案しています。

  • 自家型・第三者型の前払式支払手段の発行者に対する体制整備義務

    • 発行額を少額にするなどの商品性の見直しやシステム面での対応を検討すること

    • 転売禁止を約款に明記すること

    • 転売等を含む利用状況をモニタリングすること

    • 不正転売等が行われた場合の利用凍結を行うこと

    • 利用者に対する注意喚起を行うこと

  • 当局による措置

    • 商品性等から不正利用のリスクが高い前払式支払手段の発行者に対して、リスクに見合ったモニタリング体制が構築されていることを確認すること

    • サービス利用者に対して転売サイトの利用等を控えるよう周知徹底を図ること

新規制の考察

番号通知型のプリペイド型電子マネーサービスは、アーキテクチャのレベルで電子マネー価値の譲渡・移転を制御しない仕組みを意図的に採用している結果、自らが管理する仕組みの外で利用者が、電子マネーを第三者に譲渡・移転するというユースケースを開発しました。電子マネーの第三者への譲渡・移転は、自主規制機関のレベルで制限され、その限りで日本社会の「規範」として成立していました。しかし、国内外の様々な事業者が参入する中で、コンプライアンスリスク管理のメソドロジーの異なる事業者は、業界自主規制レベルでの規範を遵守するという判断をするとは限りません。その結果、譲渡・移転が可能な電子マネーが市中に出回ることになるわけですが、これにより発生する不正利用などのネガティブな効果が日本社会が放置できるレベルを超えたために、今般の規制の議論に至ったというのが、今回の措置を客観的に見た場合の評価ということができるでしょう(規制側、事業者側にそれぞれのスタンスがありますので、それには立ち入りません。)。

ただし、その規制のレベルはアーキテクチャレベルのものや禁止規定によるものではなく、リスク低減措置をモデルに応じて講じるというモデレートなものにとどまりました。事業者にとって実際にどの程度モデレートなものとなるかは、今後の監督行政とのエンゲージメントの成否によってくることになるのでしょう。

なお、事業者側から想定される、前払式支払手段の交換手段・換金の道を提供することによって利用者の利便性と保護を図る必要があるという類の反論に対しては、WG報告書は以下の2点をもって論破しています。

  •  現行の前払式支払手段は、直前半期の発行総額の2割未満または直前基準日(3月末/9月末)の未使用残高の5%未満を満たす場合には償還を認めているので、これで対応すればよい。

  • 換金手段の確保がそれほど重要なのであれば、資金移動業登録をとって払戻しの道を利用者に提供すればよい。

物理的な金券の取引を取り扱う金券ショップには古物営業法が適用され、同法に基づく本人確認義務等が課されています。また世の中の多くのデジタルプラットフォーム事業者は、販売者がプラットフォーム上で金券を売買することに対して規約上の制限を付しているように見えます。前払式支払手段の二次流通は、明示的な法規制にまではなっていないものの公序のレベルでは制限的にしか行われるべきではないという規範が日本にはあるように見えます。今回、プリペイド型電子マネーに対しては、この規範に対するエンフォースメントを、発行者が譲渡・移転を管理することができる残高譲渡型に加えて、発行者が譲渡・移転を管理することができないアーキテクチャを採用している番号通知型についても、ガバナンスのレベルで不正取引による負の社会的影響を押さえるための投資をすべきことが要請されることになったととらえることができそうです。

プリペイド型電子マネーに対するAML/CFT規制の適用

先にご説明した通り、プリペイド型電子マネーは、いったんチャージした電子マネーを現金化することができない替わりに、現金化の難しさゆえにマネーロンダリング等の不正使用が起こるリスクが低いことを理由に、AML/CFT規制が適用されないことを規制上の特徴としていました。

しかしこれはユニバーサルに認められた議論ではありません。AML/CFT規制を国際的に管理するFATFが基本原則として掲げるリスクベース・アプローチにより、各国は支払手段のリスクを評価して、リスクに応じた法制を整備しなければいけません。

今回WG報告書は、プリペイド型電子マネーにつきマネーロンダリング等のリスクが低いという評価は、SuicaやWaon、PasomoやNanacoなど、少額の決済用に用いられ、譲渡や移転などが認められない、我が国一般的に普及しているプリペイド型電子マネーに限られ、こうしたものに当たらないものには当てはまらないとの立場を提示しました。

そのうえで、このような典型的なプリペイド式電子マネーとは異なる前払式支払手段に対しては、犯収法に定めるAML/CFTを課すことが正当化されるのであると高らかに宣言しました。そして、このようにマネロン規制上一段高い目線で見なければならないプリペイド型電子マネーは、前払式支払手段がイノベーションのために果たしてきた役割を加味して考えると、一定の高額のプリペイド型電子マネー(「高額電子移転可能型前払式支払手段」)に限定するべきであるとの立場を示しています。

今回、AML/CFT規制が課されることになる高額電子移転可能型前払式支払手段の条件をまとめると、以下の通りとなります。

高額電子移転可能型前払式支払手段へのAML/CFT規制の適用

これを踏まえて、犯収法上の整理としては以下の通り整理することになります。
特定事業者:高額電子移転可能型前払式支払手段の発行者
特定取引:高額電子移転可能型前払式支払手段のアカウント開設行為
特定業務:高額電子移転可能型前払式支払手段の発行業務
また、これにより高額電子移転可能型前払式支払手段のアカウントの譲渡については刑事罰をもって禁止されることになります。

業法上の対応

AML/CFT規制が課されることになる高額電子移転可能型前払式支払手段の発行者に対しては、AML/CFT規制の実効性を確保するために、前払式支払手段の発行者としての登録申請にあたり、高額電子移転可能型前払式支払手段の発行者であることの記載を要求し、金融監督当局に把握できるようにします。もちろん、後から高額電子移転可能型前払式支払手段を発行することにした場合には、登録の変更を届け出ることになりますので、その時点で把握されることになります。

業務実施計画書には、商品性、システムによる対応事項、モニタリング手法、不正利用等が生じた場合の利用者に対する対処方針等について記載を求めることで、金融監督当局に対してライセンス上のコミットメントを要求することになります。

なお、AML/CFT規制が課される高額電子移転可能型前払式支払手段とそうではない一般の前払式支払手段は、規制上は区別されることになります。したがって、資金移動業に基づく電子マネーと前払式支払手段として発行される電子マネーと同様、同一のアプリで取扱い、AML/CFTが課されないプリペイド型電子マネーを利用者に提供しつつ、高額電子移転可能型前払式支払手段に該当する電子マネーを利用するためには取引時確認を要求する、といった実装することは可能です。

上記は既存のプリペイド型電子マネーの発行者に対する規制強化となることから、制度の施行後に一定の猶予期間が設けられる予定です。

前払式支払手段を用いたステーブルコイン

前払式支払手段を譲渡できるようにすることで、ステーブルコインとして利用できるようにするプロジェクトは、前払式支払手段を自家型で発行するケースと第三者型で発行するケースがあり得ます。

今回WG報告書で提案されているルールによると、こうしたステーブルコインについては以下の帰結となるようです。

  • 高額電子移転可能型前払式支払手段は第三者型に限定されるようなので、自家型で発行されるものについてはAML/CFT規制は課されない。

  • 自家型・第三者型に限らず、発行者の体制整備として、不正利用防止の観点から譲渡禁止のための措置を講じなければならないことになっているので、従来の規範としての譲渡禁止よりは強い形で譲渡に対する制約が課される。

  • パーミッションレス型のブロックチェーンで流通可能なもののように、発行者や加盟店以外のものに対する送金・決済手段としての性質が強い前払式支払手段は、電子的支払手段として認定される可能性がある。この場合、ステーブルコインとして満たさなければならない、利用者に対する償還義務を確保するとの要請を果たすことができないため、利用者保護上問題のあるステーブルコインとみなされることになる。その結果、発行者に対しては銀行業免許か資金移動業の登録が要請され、新たに設けられる仲介者は前払式支払手段型のステーブルコインを取り扱うことが禁止される。

前払式支払手段を用いたステーブルコインは、ステーブルコイン法制が存在しない現状のもとで「つなぎ」として構想されたものであり、前払式支払手段本来の利用方法とは異なるものですので、規制や監督の動きに合わせて仕組みを動かしていく柔軟な対応をすることを発行者と利用者の双方が納得したうえで展開していくプロジェクトということができるでしょう。

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