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資金決済WG報告書の解説①

始動!分散型金融の規制へ

金融庁を事務局とする金融審議会の資金決済ワーキング・グループ(WG)が12月28日に開催され、これまでのWGの議論をとりまとめた報告書が公表されました。

Fintechの進展とともに多くの皆さんがデジタル金融の分野に関心を持ち、また起業家やアドバイザー・コンサルタントをはじめデジタル金融まわりを専門とする方々が増えてきたこの数年は、まさに「金融の民主化」にふさわしい動きを見せてくれたと思います。

日本で仮想通貨が規制の舞台に取り上げられた2015年以降、日本の金融規制は伝統的な中央集権型金融と、ブロックチェーン技術を用いた暗号資産やセキュリティトークンに代表される分散型金融の大きく2つに分けて、それぞれ別のパラダイムのものとして規制のデザインが進みました。すごく大きくとらえると、金融規制の立場からは、中央集権型金融と分散型金融は大きく以下の点が異なるものと整理されてきたといえます。

中央集権型金融:金融プロダクトのプロデューサー(発行者)と、金融プロダクトの取引仲介に対する責任者が同じか、究極的にはプロデューサーが仲介者の行為に対する責任を持つタイプの金融

分散型金融:金融プロダクトのプロデューサー(発行者)と金融プロダクトの取引仲介に対する責任者が分離されていて、両者の責任があいまって全体として利用者の保護が図られるタイプの金融

中央集権型金融の典型は銀行や電子マネーなどの送金ビジネス、分散型金融の典型は暗号資産ビジネス、そして証券ビジネスも一部こちらに連なるモデルだと思います。

特にブロックチェーン技術を用いた金融は、パーミッションレス型に顕著に見られるように、利用者に対して責任の一端を負ってもらいたい発行者側に規制上の責任を負わせることが技術的に難しかったこともあって、利用者保護のもとに管理(≒規制)を指向する規制当局の頭を悩ませてきました。それでも規制当局としては、自らの責任を果たすために、分散型金融の発展に応じて、

仮想通貨の規制(2016年) 
→ 仮想通貨(暗号資産)規制の強化(2019年) 
→ セキュリティトークンの証券法の下での規制(2019年)

という形で歩みを進めてきたわけです。


二つの世界線下の規制

ステーブルコインの出現


ところが、暗号資産に比べて法定通貨対比で価値の変動幅が安定しているステーブルコインが開発され、海外を中心に発行残高を大きく伸ばしています(2021年8月時点で発行時価総額は12兆円を超えるとも言われています)。

日本の金融規制の枠組みでは、法定通貨にペッグされたデジタル資産で不特定の利用者が支払いに利用できるものは「通貨建資産」と呼ばれ、これを用いた財産的価値の移動の仕組みを提供することは「為替取引」「資金移動」に該当するものとして、銀行免許か資金移動業登録が必要という建前になっています。この「為替取引」「資金移動」は、日本の金融規制のもとでは中央集権型金融、つまり金融プロダクトの提供者(発行者)と取引仲介の責任者が垂直に統合されているモデルしか想定していませんでした(日銀もプレイヤーの1人とみると為替取引も分散型になるわけですが、この点はCBDCの話に入っていくので今回は立ち入りません。)。

ステーブルコインは、この規制の常識にブロックチェーン技術を用いて挑んだ金融プロダクトとして、規制当局に受け止められてきたわけです。

イネーブラーとしてのペイメント手段

PayPayなどの新たなペイメント手段を見ていただけるとわかる通り、ペイメント手段というのはそれ自体が価値を持つというよりは、それがあることによって他のところで大きな価値を生む「イネーブラー」です。多くの人がこれを受け入れ、使われれば使われるほど多くの価値を生む、ネットワーク効果を生じさせるサービスの典型といえます。ネットワーク効果は、多くのプラスの価値を生むものの、価値がプラスかマイナスかは技術そのものの問題ではなく社会の問題なので、同時にマイナスの効果を生むものです。このプラスの価値を可能な限り引き出しつつ、マイナスの価値を可能な限り抑えることで、技術が生む価値をネットで可能な限りプラスにしていくことが、ペイメント規制が目指すところということになります。

発行者と仲介者の垂直統合モデルを前提として築き上げられてきた送金ビジネスの規制体系に対して、ステーブルコインという前提が成り立たない分散型の送金手段につき、イネーブラーとしての価値をネットベースでいかに最大に発揮してもらうか、そのための規制体系はどのようなものであるべきか。今回のWGは、ステーブルコインの規律をめぐって様々な議論がなされましたが、これは伝統的に中央集権型金融モデルによって規律してきた、ある意味金融機能のコアともいえる「為替取引」を分散型金融モデルで展開するための規律はどのように設計されるべきなのかをめぐる議論だったと評価できるでしょう。

Web3時代におけるステーブルコインの必然


分散型金融モデル、すなわち発行者と移転仲介者が別々に存在する金融モデルは、それが特にブロックチェーン技術を用いて展開される場合、スマートコントラクト機能によって自律分散型の経済取引を社会実装することができる点に、中央集権型金融モデルにはなしえなかったイノベーションがあると考えられています。これは特に、取引の対象となる資産がブロックチェーンベースの分散型デジタル資産である場合(たとえば暗号資産取引、セキュリティトークン取引、NFT取引など)に大きな威力を発揮します。ステーブルコインは、分散型デジタル資産取引のイネーブラーとして、中央集権型金融モデルの決済手段では構造上果たすことができない利便性を利用者に提供することになります。

メタバースの動きから明らかなように、これからの我々の活動領域がサイバー空間にますます移行していくなかで、サイバー空間のデジタル資産はブロックチェーンベースのものになっていくことはほぼ確実とされています(いわゆるWeb3)。このWeb3のパラダイムにおける経済取引のイネーブラーとして、ステーブルコインが不可欠になるという意味で、ステーブルコイン法制のデザインの巧拙は、巨大デジタルプラットフォーマーが牛耳る現在のインターネットの次のデジタル空間において、日本がしっかりと世界に存在感を発揮することができるかどうかの大きな決め手になると言っても過言ではありません。

デジタル金融技術のダークサイド

他方で、デジタル金融の発展は、これによる負のネットワーク効果をも増大させます。この負のネットワーク効果の最大のものとして国際金融の共通理解となっているものが、マネーロンダリングやテロ資金供与のリスクであり、これへの対処(AML/CFT)を同時に進めなければいけません。AML/CFTは、教科書的には、金融のインフラが金融を成り立たせている秩序の破壊を目論む者に悪用されることを放置することはできないという理念のもとに成り立つ国際的なルールであるわけですが、この「金融を成り立たせている秩序」がアメリカを中心とする西側諸国が生んだ秩序であることもあいまって、価値中立的なものとは言えないものではあります。さりとて西側諸国の一端を担う日本としては、AML/CFTを主導するFATF(金融活動作業部会)が示すガイドラインに沿った政策を進めるほかに選択肢はないので、デジタル金融の進展への対応として、AML/CFTの国際ルールに適合するよう規制を動かしていくほかないことになります。

ご案内の通り、日本はFATFの第四次対日審査で良い評価を得ることができなかったため(このこと自体も一つのナラティブ、シナリオになっているところに隔靴掻痒の思いがあるのですが)、今回の資金決済WGに通底する大きなテーマは、デジタル金融の進展に応じたAML/CFTの国内体制の強化がありました。

WG報告書でのとりまとめに至ったアジェンダ

当初掲げられたアジェンダはNFTやDeFiを含めて多岐にわたっていたわけですが、WG報告書で整理されるに至ったアジェンダは、大きく以下の3点となりました。

  • 分散型為替取引サービスの規制枠組みについて

  • 送金的な利用が可能なプリペイド型電子マネー(前払式支払手段)に対するAML/CFT規制の適用について

  • 為替取引に携わる金融サービス業者(銀行などの預金取扱等金融機関と資金移動業者)のAML/CFT規制遵守の高度化を支える共同機関の導入について

    最近の金融庁の審議会報告書は、一度その内容が決まると報告書の内容のとおりに法律が作られ、政令・規則・ガイドラインも報告書のとおりに出てくるので、WG報告書をしっかり読み込むことで、来年の通常国会に提出されるだろう改正法の内容や、その後に発出される政令・規則・ガイドライン(これまでのパターンであればこれらの多くは2023年には施行されることになるはずです)の内容をある程度の解像度をもって予測することができます。

「神は細部に宿る」の格言はWG報告書にも当てはまり、報告書の「神」の多くは脚注にあります。他方で脚注には、金融庁は制度化するつもりがないものの委員の発言や事業者団体の発言を尊重した形にするために載せられているものも多くあり、こうしたものを丁寧に選り分けて全体を読まなければいけません。今回のWG報告書は、この脚注がまさかの167もついており、これを丁寧に分別して規制の方向性を読む作業が必要になります。

デジタル金融の世界が伝統的な金融に携わる人たちにかなりキャッチアップされてきたこともあり、WG報告書には、伝統的な金融の知識や歴史を考慮しながら読まないと意味が分からないと思われる記述も散見されます。このシリーズでは、Fintechをビジネスドメインとする、主に新しいサービスを作ることに挑戦されている起業家の皆さんを対象として、WG報告書から読み取ることができる、皆さんのサービスに関係が深い改正ポイントを、可能な限り起業家の皆さんが使っている言葉で、分かりやすく解説してみたいと思います。

このシリーズで予定している記事は以下の通りです。

  1. 国内ステーブルコイン法制のゆくえ

  2. 海外ステーブルコインの日本持込ルールとメタバース世界

  3. 銀行デジタル通貨のこれから(分散型為替の銀行・既存ペイ業者への影響)

  4. プリペイド型電子マネーとAML/CFT

  5. AML/CFTのRegTech

皆さんの事業に役立てていただければ嬉しいです。

Here comes regulation!




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