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死からの目覚め

【入院の日】

朝早く目覚め、ばたばたと入院の支度をした。少しでも自分のテンションをあげようとお気に入りのパジャマや下着、靴下、ボディクリームや香水を選んだ。ここまではなんだか旅行の支度と似ているみたいだ。
ここで事件発生!爪のジェルネイルを落とさないといけないのに、除光液は少なく何度がんばってこすっても落ちなくて爪がボロボロになっていく。プロの力を借りようと今から30分後にいけるネイルサロンをなんとか探し、大急ぎでシャワーを浴びた。しばらくお風呂に入らないのに沸かしておいてくれた湯船にも浸からずカラスの行水状態なのがいかにもわたしらしい。
ようやく半乾きの髪でネイルサロンにいき、事情を説明した。3300円したがさすがプロの力。入院当日と思えないほど優雅でリラックスした30分間が流れ、この状況に似つかないゆったりとしたBGMを聴きながら滑稽で、らしいなと思った。
母と病院に着き入院手続きを済ませ、病室に到着した。みんなからの応援を胸に意気揚々と部屋のカーテンを開ける。空と山が見える窓側で、4人部屋だけどテレビと冷蔵庫は無料の少しアップグレードした部屋になった。お気に入りのカナダのマグカップを置き、荷物をきれいに棚に納めるとなんだか自分の空間に近づいたようでぐっと落ち着くのが分かった。
そこからいくつかまた検査をして、夕方もどり早めの夕食を食べた。そして、担当看護師が手術の流れや全身麻酔の注意事項などを詳しく説明してくれた。乾燥で肌が痛むことがあるといわれ、入念にボディークリームを塗りたくった。最後の記念に自分のおっぱいの写真を撮ってみた。黒い太いマジックで手術の準備線ががっつり描いてあり、いつものとは違かったけどそれでも記録に残しておこうと思った。さよならわたしの右胸。
リクライニングみたいなベッドのスイッチをひとしきり押し、次の日が手術だというのに意外とよく寝れた笑

【手術日】

4時半に目が覚めてまたうとうとして、6時にシャワー室へ行ってしばらく髪の毛を洗えないからシャンプーをしてきた。頭皮がすーすーして、目も覚めて気持ちも引き締まった。7時に家を出た夫と母が到着。手術前に顔を見て話せてなんとも安心した。ちゃく圧靴下を履き、下着を付けずに手術着に着替えて、体育座りをしながらベッドの上で看護師を待つ。何を話したかは分からないけど、家族が一緒にいてくれることがこんなにも救われるとは思わなかった。夫と手を繋ぎながら廊下を歩き、いよいよドラマで見たことあるような手術室に入る。ここでさすがに2人ともお別れ。
酸素マスクをつけ、全身麻酔がかかるまで待つ。血管がなかなか見つからず刺し直したりして左腕が痛む。今の状況をくまなく言葉にして説明してくれて、わたしの手をぎゅっと握ってくれた看護師が天使に見えた。左手に激痛がはしり、顔が歪むのが分かるところで意識が途絶える。その後8時間かけて右胸摘出、背中からの再建手術が行われた。9時に始まり終わったのは17時過ぎ。

周りがざわざわしてとても眠いのに無理やり起こされれる。いやだもう少し寝ていたい。右手を誰かが握ってくれているようだ。なつきなつきと名前を呼ばれ頭を撫でられているのも分かる。夫だ。でも目が開かない。頑張って見ようとしても見えない。そのうちぼんやり見え始め、目を凝らすと手を握る夫と母が立っているのが分かった。
わたしはこの世にまた戻れた幸せと安堵で涙が流れた。何度も頬をつたった。目が覚めてまた夫に会えて触れられて本当に幸せだったし、愛してるって、今まで以上にこの人と結婚して良かったって強く思った。
これをそのまま夫に伝えたが同じ熱量ではなかった笑
一度この世からなくなり、また肉体に魂が戻るアニメ的だがまさにそんな感覚だった。

何かしたい!!!自分のやりたいことを全うする人生を送りたい!!!いてもたってもいられない着き上がるような想いに駆られ、身体は全く動かないのに頭はフル回転でほとんど寝られなかった。動かせることを確認するように指先と足の指に力を入れると思い通りに動いて嬉しかった。尿の管、2本のドレーン、心電図、点滴、足のマッサージ機に繋がれていた。尿が落ちる感覚やマッサージ機の同じリズムで鳴る音、痛み全てが衝撃的で初めての感覚だった。まだぼんやりしている中、何かにつけて生きていることを確かめていた。赤ちゃんと同じで、先に感覚、聴覚、視覚と戻っていくのが面白い。
そして、誰かをこの先看取ることがあったら絶対最後まで手を握って声をかけよう。触れ続けようと思った。絶対に反応はなくても伝わることが分かったから。手を握るパワーて本当にすごいと思う。何もできないときは手を握ろう。体温や温もり、パワー、気持ち、愛、あらゆるものがその人の手から伝わる。


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