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ムーンリバー

わたしたちはあの日、海辺にいた
半分の月がのぼりかかって、波に合わせて揺れていた
どんな話をしたのか覚えていない
あなたがいなくなってしまったから
記憶はどんどん色あせていくけれど、
もともと色のなかったあの夜のことは
まだ少しだけ、覚えている
船着き場の船も、海の鳥も、眠っていて、
わたしたちはちっとも眠たくなんかなかった
眠ってしまわなくてよかったのだと思う
眠るにはもったいないほどの夜だった
好きな本の話をして、小さいころの話をして、それから
少しだけ黙りこんだ
波がちゃぷんと音を立てた
川の水と海の水が混ざり合う場所、
川とも海ともどっちともつかないその場所が、
あなたは好きだと言った
行って見ようか、そして確かめてみようか
ふたりで少し歩いた
それから、その水に指をつけてなめてみた
ここは川なの、それとも海なの
その答えを
わたしは覚えていない
たぶん、どっちでもよかった
半分の月がくっきりと浮かんでいた
どんな話をしたのか覚えていない
でもあのときあなたは歌っていた
ムーンリバー
それが答えだったのか、わからない
何もかもがあいまいな夜だった
わたしは何も確かめようとしなかった
あなたがいてくれればそれでよかった
川も海も、まどろんでいる
わたしたちは、あいまいなキスをした
友だちのような、恋人のような
それから黙りこんだ
あの月は、本当ですか
それとも。


#ムーンリバー #詩 #夜 #月 #眠れない夜に

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