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30分で書くショートストーリーVol.6

いつも読んでいただきありがとうございます。
30分で書いて5分で推敲の30分シリーズ。
今回のお題は、【言い間違えた】で始める。難題でした。珍しく男性視点、珍しくカタカナのタイトルになりました。
ちなみにお題は友人の奥さんが考えてくれていて、当日まで誰も見ていないというスタイルです。

【ブラックコーヒー】
しまった、言い間違えた、と思ったけれどもう遅かった。
愛想のいい店員は僕の目の前でコーヒーにたっぷりミルクを注ぎ込んだ。やっぱりブラックで、と言いかけて、どうも、とコーヒーを受け取った。禁煙してから口がブラックコーヒーを欲しているようだ。
いつもの喫茶店は奥の窓際の席と決めている。僕はコーヒーの乗ったトレイを持ったまま、席へ向かった。大して混んでもいないのに、先客がいた。髪の長い女性が座っている。
窓際でないとどうしても落ち着かない。僕は仕方なく女性のすぐ後ろの窓際のボックス席に腰をおろした。
朝の喫茶店は静かだ。シフトが変わり、通勤時間が1時間ほど遅くなった。その分だけここでゆっくり本を読みながらコーヒーを飲み、出勤するのが日課になりつつあった。
ここが禁煙なのも気に入っている。タバコの匂いがするとつい右手が胸ポケットのライターをまさぐってしまうからだ。
コーヒーを口に含み、一息ついて椅子にもたれかかる。前の席の女性が立ち上がり、Tシャツの背中にプリントされた黒猫と目が合った。
思わず、ズボンのポケットに入れたままの合鍵に手が伸びる。
僕はこれを彼女に返さなければならない。
別れた理由は簡単だ。僕は犬が飼いたいと言い、彼女は絶対に猫がいいと譲らなかったのだ。
結局、彼女と別れ、犬も飼いそびれ、僕は一人になった。
どっちも飼わないという選択肢もあったのではないかと今なら思うけれど、そのときはどうしようもなかったのだ。
--猫の良さがわからないのなら、これ以上話したって仕方ないわね。
多分、彼女は泣き出しそうなのを堪えて顔を真っ赤にしながら吐き出した。
肩まで伸びた髪をやたらと触るのは、行き場のない感情を隠すための彼女の癖だと僕は知っていた。
ポケットに手を突っ込んだまま、鍵を手でもてあそぶ。
ポストに入れてこようか。それとも封筒に入れて送りつけるか。
もう3か月もこうやってポケットに入れたままにしている。
残ったコーヒーを流し込んだ。白いミルクの泡が残った。
そもそも別に猫が嫌いなわけではない。
鍵を差し込んで回すときの音やひんやりとした感触を僕は思い出し、ゆっくりと立ち上がった。
たまにはミルクも悪くない。
僕は歩き出し、ポケットの中で鍵が音を立てた。(921字)

#ショートストーリー #ショートショート #ブラックコーヒー #猫

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