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ロケハンから生まれる場面(出張いまいまさこカフェ3杯目)

2006年9月から5年にわたって季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の3杯目。表紙は成海璃子さん。

「ロケハンから生まれる場面」今井雅子

脚本の内容が固まってきたら、ロケハンがはじまる。ロケーションハンティングすなわちロケ地探し。役者さんはオーディションに集まれるけれど、建物や風景は動けないので製作者が乗り込む。脚本らしきものを片手に、「さっきのほうが絵になるよ」「あそこは許可が下りなくて」「なんとかなんないの?」などと話している二人がいたら、監督とプロデューサーである確率は高い。

イメージ通りの場所が見つかることもあれば、変更を迫られることもある。『子ぎつねヘレン』で主人公の少年・太一がヘレンを連れて家出するシーンは、ゲームセンターをさまよった後、廃屋で雨宿りする流れを想定していた。だが、ロケハンしてみると、ゲームセンターも廃屋もいまひとつ。その代わり、打ち捨てられた貨車があった。そこで、ゲームセンターを削り、貨車のシーンを膨らませることに。「どこか遠くへ行こう」とヘレンに語りかける太一の台詞はそのままだが、貨車は旅とのなじみがいい。太一の空想の中で貨車が楽園へ旅立つシーンも加わった。

また、ヘレンは花が好きという設定から花畑を探していたのだが、こちらは季節的に難しいことがわかった。しかし、たんぽぽだけが一面に咲く場所ならあるという。しかも、ロケ中に咲いて、散る。これを使わない手はない、と新たなシーンを書き起こすことになった。ヘレンと遊んだたんぽぽ畑を再び訪れた太一は、黄色い絨毯が白い綿毛に変わり果てたのを見て、「夏になったら、違う花が咲くよ」とヘレンを慰める。それが、夏まで待てない ヘレンにもう一度花を見せたいと奔走するラスト手前のシーンにつながった。

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ロケハンが脚本にいい刺激をくれる場合もあるけれど、あの場所で撮れなきゃ成立しない!と頭を抱える事態も起こる。それでも、変更を引き算ではなく足し算に、とロケ地も気持ちも新たに改訂稿作業を進めるのである。(「かいていこう」を変換すると「書いて行こう」となり、パソコンに励まされる)。

ところで、前号の連載に「映画が終わり、クレジットロールがせり上がり、場内が少し明るくなる」と書いたが、その後、映画館へ行ってみたら、「クレジットロールがせり上がっても、場内は明るくならない」ではないか。席を立った人がドアを開けると通路の明かりがのぞくものの、照明は暗いまま。脚本家の思い込みを正すためにも、現場は見ておいたほうがいい。

写真脚注)映画から生まれた絵本でもたんぽぽは重要なモチーフに。

視覚情報の音声化とバリアフリー上映

「出張いまいまさこカフェ」の原稿はメールの送信履歴から掘り出しているのだが、今回の3杯目と続く4杯目が見当たらず、掲載ページを写真に撮り、視覚情報認識アプリ「Envision AI」で読みこんで文字起こしをした。文字認識力は優秀で、一文字も間違いなし。ただ、段組みには対応していないので、段をまたいでしまい、パズルを組み替える作業が必要だった。それでも一から打ち直すよりは断然早い。

Envision AIは文字だけでなく風景や色も認識して音声で伝えてくれる。視覚情報を補うために開発されたアプリだが、視覚を使うわたしも重宝している。

視覚情報を音声で伝えるといえば、映画の音声ガイド。今回のエッセイに登場する『子ぎつねヘレン』には音声ガイドがついている。

初日の打ち上げの席で「耳の聴こえないキツネの話なのに、聴こえない人が楽しめなくて残念というご意見が寄せられたので、字幕をつけます」という発表があったのを覚えている。

『嘘八百』(2018)から『嘘八百 京町ロワイヤル』(2020)の2年の間にも普及が進んだのを感じたが、今よりずっとバリアフリー上映のバリアが高かった2006年。のちに日本語字幕や音声ガイドの制作に関わるようになった今、「よくぞやってくれました!」と当時の英断とスピードに拍手を贈りたい。

『子ぎつねヘレン』の音声ガイドに携わられた堀内里美さん、松田高加子さんとは面識がなかったが、『嘘八百 京町ロワイヤル』の音声ガイドのディスクライバー(原稿執筆者)を担当されたのが堀内さん。音声ガイド制作の現場で「実はヘレンでご縁が」と松田さんとともにご挨拶された。お二人にとっても思い出深い作品になっている様子。

音声ガイドについては、こちらのnoteにも。

「書いて行こう」に励まされる

もうひとつ、今とつながっているのを発見したのは「改訂稿」と「書いて行こう」。講演でもネタにしているが、今年書いた「膝枕」外伝「脚本家が見た膝枕」にも登場させている。


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。