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あなたを一人にしない─最後の贈りもの

このnoteで公開している作品は、2021年5月31日から朗読と二次創作のリレー(通称「膝枕リレー」)が続いている短編小説「膝枕」の派生作品です。
派生作品のまとめは、こちらのマガジンに。


「賢者の贈り物」を読んで

O.HenryのThe Gift of the Magiを読んだ。Project Gutenbergというアメリカ版青空文庫のようなところで公開されている。

「賢者の贈り物」という邦題で知られる章編で、遠い昔、英語の教科書で読んだ覚えがある。原題にある「magi」は聖書に出てくる言葉で「賢者」を意味するらしいが、教科書では出会わなかったように思う。

magiの発音はカタカナにすると「メイジャイ」に近い。

こちらのサイトで英国版と米国版の発音を聴けるが、どちらも「ˈmeɪ.dʒaɪ」と表記され、mはmoonのm、aiはdayay、dʒはjumpのj、aɪはeyeと分解されている。

原文は見慣れない単語や表現だらけで、とても読みづらい。新聞掲載(連載開始?)が1905年12月10日、書籍出版が1906年4月10日とあり、100年あまり前だ。1896年(明治29年)4月10日「文芸倶楽部」(博文館)に全文掲載された樋口一葉の「たけくらべ」を読むのに現代の日本人が手こずるようなものかもしれない。

つっかえつつも大筋を覚えているので、こんな話であったかとあらためて確認し、こんな細かな設定があったのかと教科書にはなかった描写に感心したりした。わたしの記憶から抜け落ちているだけかもしれないが。

そして、プレゼントというのは、「何を贈るか」以上に、「どんな気持ちでそれを選んだか」が大事で、そのストーリーこそがプレゼントなのだなと思い、「膝枕」外伝でそんな話を書いてみたくなった。

ちょうど「膝枕リレー」2周年(2023年5月31日)に向けて、新作を温めていた。老夫婦がわが子のように可愛がっている膝枕をあの世へ連れて行くか、この世へ置いて行くかを話し合うという筋書き。

「遺言膝枕」と仮のタイトルをつけていたが、「最後の贈りもの」とあらため、膝枕リレーknee(2)周年を記念した「膝フェス」最終日の6月4日、蔵出し第11作として公開。

膝開き(初演)は指名していないので、clubhouseでの朗読はどなたでもどうぞ。

※2023年6月12日、加筆版を「2稿」として公開しました。最初に公開したものを「初稿」として残します。

今井雅子作「膝枕」外伝 「最後の贈りもの」(初稿)

枕元に呼び寄せた妻に、夫はしわがれた声でひとこと、ふたこと告げた。苦しそうな息の合間に聞こえた切れ切れの言葉をつなげ、妻は復唱した。

「しーちゃんを……よろしく……頼む。ですか?」

夫は皺が深く刻まれた首を小さく上下させ、うなずいた。夫の頭の下で、枕も、うなずくように、かすかに動いた。

「しーちゃん」とは、白く細い脚で夫の頭を支えている膝枕の形をした枕のことである。20年前、新聞広告を見て、通信販売で取り寄せた品だ。結婚して以来、妻に膝枕されるのが夫の日課だったが、妻が膝を痛めて正座ができなくなり、代わりにと取り寄せたのだった。

子どものいない夫妻は、白い膝にちなんで「しーちゃん」と名前をつけ、娘のように可愛がった。

「お前も来なさい」

いつしか、ふたりでしーちゃんの膝に頭を預け、その日あったことや、遠い昔にあったことを語り合うのが夫婦の楽しみになった。

いつまでもこんな穏やかな日が続けばと願ったが、夫が病に伏せるようになった。自分が亡き後、しーちゃんを頼むと夫は託したのだった。

「しーちゃんは連れて行ってあげてください。元はと言えば、あなたのために、うちに来てもらったんですから」
「そういうわけにはいかないよ。しーちゃんまでいなくなったら、お前ひとりになってしまうじゃないか」
「あなたこそ、一人であちらへ行くのは心細くありませんか」
「無事向こうに着けば、先に着いているやつらがいくらでもいるさ」
「道に迷うかもしれませんよ。あなたは方向音痴なんですから。しーちゃんのナビ機能があったほうが安心です」
「しかし、燃やしてしまっては、ナビ機能も働かないだろう」
「こういうのは気持ちです」

夫と妻は互いに譲らない。膝枕のしーちゃんは左右揃えた膝を夫のほうへ向けたり、妻のほうへ向けたりして、行方を見守っていたが、答えは出ない。

そのまま、夫は息を引き取った。

棺にしーちゃんを入れるべきか、手元に置かせてもらうべきか。

形見だと思えば、置いておくのが正解だった。だが、夫を一人にして送り出すのはやはり申し訳ない気がした。しかし、まだ動けるしーちゃんを棺に入れるのは、残酷ではないだろうか。古代の王国で王の棺とともに埋められた生贄のようではないか。

しーちゃんを見ると、くいっ、くいっと膝を棺に向けている。

「しーちゃん、ついて行きたいの?」

膝をにじらせ、しーちゃんが棺に近づく。どこにそんな機能が残されていたのか、棺の壁にぶつかると、逆立ちをするような格好になり、棺の中に自ら身を投じた。

「しーちゃん!」

妻は思わず駆け寄り、取りすがったが、「ビー」と終了を告げるような音を立てると、しーちゃんは動かなくなった。

しーちゃんは自分で自分を強制終了した。それが、しーちゃんの意思表示だった。

お骨になった夫は、しーちゃんのように白かった。

小さな電子部品だけを残して、しーちゃんの白い膝は、跡形もなくなっていた。

「しーちゃん!」

妻は電子部品を拾い上げ、「しーちゃん」と泣き崩れた。

「こういうの、勝手に入れられると困るんですよ」

焼き場の人の声は、妻には聞こえなかった。

夫としーちゃんと三人で暮らしていた家が、急に広くなった。夫を亡くしたこと以上に、しーちゃんを亡くしたことがこたえた。やはり、しーちゃんを置いて行ってもらえば良かったと妻は悔やんだ。だが、夫について行ったのは、しーちゃんが選んだことなのだ。

休日の朝。独り身になり、その日の予定も特になくなった妻は、チャイムの音で目を覚ました。

ドアを開けると、宅配便の配達員がダンボール箱を抱えて立っていた。

箱に貼られた伝票には「枕」と記されている。

「枕?」

注文した覚えのない品物だったが、差し出し人は知っている名前だった。

「しーちゃん!?」
「受け取ってもらって、いいっすか?」

配達員に急かされ、妻は「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕で受け止めると、お姫様だっこの格好で室内へ運び込んだ。

はやる気持ちを抑え、爪でガムテープをはがす。カッターで傷をつけるようなことがあってはならない。箱を開けると、そこには、

「しーちゃん!」

箱入り娘膝枕が納められていた。この家に迎えたあの日のような白い膝を揃えている。

納品書を見ると、代金はポイントで支払われていた。通販でせっせと貯めたポイントを使って、しーちゃんは最後の贈りものを注文してくれていた。

「しーちゃん」

そっと頭を預けると、返事をするように、妻の頭の下で白い膝が小さく弾んだ。

「しーちゃんに飛び込んで欲しくなかった」の訴え

公開して間もなく、6月5日にclubhouseで中原敦子さんが朗読されたものをreplayで聴いた。

「しーちゃんに飛び込んで欲しくなかったです」

朗読の後、涙に声を震わせて、敦子さんは言った。

敦子さんは、物語の老夫婦にご自身の両親を重ねていた。我が子のように可愛がっていたしーちゃんが、夫を亡くしたばかりの妻の目の前で棺に身を投じる。そんなことをされたら妻は後を追いたくなってしまうのではないかと訴えた。

原稿を読み返してみると、《「しーちゃん、ついて行きたいの?」》という妻の言葉に続く《棺の中に自ら身を投じた。》《しーちゃんは自分で自分を強制終了した。》の流れは、しーちゃんが自死を選んだように読める。夫を追って。妻を残して。

しーちゃんを棺に納めるべきだと思いつつ、行動に移せないでいる妻に代わって、しーちゃんが自ら動いた場面を描いたつもりだった。だから、しーちゃんの決意が見えるよう言葉を選んだのだが、その言葉の強さ、鋭さに胸を締めつけられる人がいることをどれくらい想像していただろうかと振り返った。

この頃は「コンプライアンス」にとても気を配るようになったとドラマや映画の本作りをしていて感じる。誰かを傷つけないよう、刺激しないよう、できるだけ表現を和らげようとする動きがある。以前は引っかからなかった表現が避けられ、削られ、丸められている。配慮が行きすぎていると感じることもあるが、ひとつひとつのセリフの重みをより意識できるようになったのは良いことだと思う。

今回の「最後の贈りもの」がドラマや映画、あるいは商業小説だったら、プロデューサーや編集者から再考を求められたかもしれない。

商業作品であっても、引っかからなかった可能性もある。しーちゃんは人間ではなく、モノだからだ。老夫婦は名前をつけ、わが子のように可愛がり、心を通わせているが、しーちゃんは人工知能内蔵の膝枕商品であり、動かなくなったしーちゃんは粗大ゴミとなる。

そんなしーちゃんのために、泣いてくれる人がいる、怒ってくれる人がいる。

すごいことだ。ありがたいことだ。

数ある膝枕派生作品の中で膝枕を「しーちゃん」と呼んでいるものは一部だが、敦子さんには老夫婦が可愛がっている膝枕が思い描けている。膝枕を真ん中にして夫婦が過ごしてきた数十年が見えている。だから、妻の目の前で棺に飛び込んだしーちゃんを許せないのだった。

モノである膝枕に持ち主の情が宿るように、「膝枕」の世界も、積み重ねた時間に応じて思い出や思い入れが生まれるのだとあらためて思った。

誰が誰に「最後の贈りもの」をするのか

しーちゃんには妻の元に残って欲しかった。新しい膝枕が届いても、しーちゃんの代わりにはならない。

そんなことも中原敦子さんは言った。

「妻の元に届いた膝枕には、しーちゃんから移行したデータが入っている」という想定で書いていた。妻が最後に報われることを作者のわたしは知っているから、あえて強い表現にした、というのもあったのだが、そもそもの意図が伝わっていないことがわかった。

オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」のような話を膝枕で、という着想から膨らませたのが《お互いを想うがゆえに膝枕を譲り合い、答えを出せなかった夫妻に代わって、膝枕自身が答えを出す》という筋書きだった。

「賢者の贈り物」は夫婦ふたりの話だが、「最後の贈りもの」は膝枕のしーちゃんを加えた3人の話だ。互いを思いやり、譲り合った気持ちを「最後の贈りもの」として描きたかった。

妻への最後の贈りものに、しーちゃんを残そうとする夫。
夫への最後の贈り物に、しーちゃんを連れて行ってもらおうとする妻。
どちらの思いにも応えようとした、しーちゃん。

抜けがらとなった膝枕は夫の亡きがらに寄り添い、内蔵された人工知能のデータは新しい膝枕に引き継がれ、妻に寄り添う。からだとこころを切り離すことで、夫と妻、それぞれのそばに残る。それが、答えの出ない夫婦に代わって、しーちゃんが出した答えだった。

という流れを頭の中では組めていたのだが、「しーちゃん?」と呼ばれて新しい膝枕が反応しただけでは不十分で、「しーちゃんだ!」の手がかりが必要だったかもしれない。合言葉なのか、共通点なのか、面影なのか。

はるか昔、20世紀の終わりのカンヌ広告祭(CANNES LIONS)で見たアルミ缶のリサイクルのCMを思い出す。主人公が恋した飲料缶が別れた後、リサイクル缶となって再び主人公の前に現れる。缶のサイドがペコッとエクボのように一瞬引っ込んで戻るのだが、その癖で「あの子だ」とわかるのがチャーミングだった。

しーちゃんの癖を仕込む時間はなさそうなので、ラストで新しい膝枕の膝が《動いた》を《弾んだ》とすることで、「返事」感を強めることにした。

また、ラストで妻が報われるとしても、ショックを受けることには変わらないし、そのショックを抱えて一人にしておくのは少しでも短いほうがいい。家に帰ってから膝枕が届くまでの時間の流れも整理することにした。

違和感という鉱脈を掘り下げる

焼き場の人の「こういうの、勝手に入れられると困るんですよ」というセリフにも、「こんな言い方はしないのでは」と中原敦子さんから指摘があった。遺族に寄り添い、温かい言葉をかけるはずだと。

このセリフは、他の人の声が耳に入らない妻の様子を立たせるために入れていた。ちょうど執筆時に棺に勝手なものを入れられて困っているという新聞記事を読んだので、それを取り入れていた。きつい言い方ではなく、ボソッとぼやくなど言い方で印象は変わると思うが、作者の都合で焼き場の人に心ないセリフを言わせているとも言える。

読み手が会ったことのない人物、聞いたことのないセリフだからといって、存在しないことにはならないし、物語の中で描くことはできるのだが、わざわざ描く必要があるのか、どうしてもこの表現でなくてはならないかという検証は大事だ。

「こういうの、勝手に入れられると困るんですよ」があることによって、悲しみにくれる妻にフォーカスするのではなく、物語から気持ちが離れてしまう人もいる。それも、言われて初めて気づいたことだった。

違和感は鉱脈だが、一人で書いていると、するすると読めてしまい、突っかかるところを見落としがちだ。だから、clubhouseでの朗読を聴いたり、オーディエンスの反応を読んだりすると、客観的に物語を受け止められ、膨らませどころ、削りどころが見え、彫刻するように直しができる。

朗読した読み手からの打ち返し、とくに今回のようにはっきりと違和感を伝えてもらえるのは、「ここを掘るべし!」と鉱脈に目印の看板を立ててもらうようなものだ。ドラマや映画では撮り直しができないが、noteに公開している作品は、後から書き直しができる。

違和感と言えば、夫、妻、膝枕、それぞれの心情に沿って読み返してみて、あることに気づいた。

冒頭で息も絶え絶えに「しーちゃんを……よろしく……頼む」と告げている夫が、その後の夫婦のやりとりでは言葉数が増えている。

また、夫の頭を支えているはずのしーちゃんの膝が、夫のほうを向いたり妻のほうを向いたりしている。しーちゃんは夫と妻の間に佇んでいるように受け取られる描写になっている。

それから、《通販でせっせと貯めたポイントを使って、しーちゃんは最後の贈りものを注文してくれていた》のくだりで「最後の贈りもの」と書いているのも無粋だと気づいた。最後の贈りものをしたのは、しーちゃんだけではない。夫、妻、しーちゃんが互いに最後の贈りものを贈り合う話だ。

しーちゃんから新しい膝枕に引っ越したデータには、夫と過ごした時間も蓄積されていて、そこには最後のやりとりも記録されているはずだ。

加筆に取りかかろうとしたところに、6月8日に関成孝さんが朗読されると連絡をもらい、そちらを聴いてから加筆することにした。

成孝さんは、新しい膝枕をしーちゃんの生まれ変わりととらえ、朗読後の感想タイムにその考えを中原敦子さんと共有していた。

長年闘病されたお父さんをお母さんが看取った経験を話された福岡敦子さんは、後日、ご自身で朗読されたルームで、妻が一人にならなかったラストにホッとしたと話された。

同じ原稿でもとらえ方は一人一人違う。とくに「最後の贈りもの」は書き込みが少ないので、各自が余白に個人的な経験を重ね、解釈に幅が生まれるのだろうと思った。

この余白を大事にしようと思った。残せるところは残し、広げられるところはむしろ広げ、書き込みすぎず、全体の分量を増やさない方針で加筆することにした。

「初稿」を残して「2稿」を加える

普段noteに上げた原稿は、clubhouseでの朗読や感想を聴いて、ちょこちょこ言葉を加えたり省いたり選び直したり入れ替えたりしている。たいていは微調整なので元の原稿に上書きしているが、今回は原稿を読んでの気づきと加筆の経緯も共有しておきたく、最初に公開したものを「初稿」、加筆したものを「2稿」と呼び分けて共存させることにした。

以下、場面ごとに「初稿」と「2稿」の違いと加筆の意図を。

夫婦が話し合う場面

「しーちゃんをよろしく頼む」が夫が口にした最後の言葉になるようにし、以下のやりとりは夫の首と目の動きを妻が読み取る形に。また、夫の頭の下にあるしーちゃんの動きを修正。

初稿)
「しーちゃんは連れて行ってあげてください。元はと言えば、あなたのために、うちに来てもらったんですから」
「そういうわけにはいかないよ。しーちゃんまでいなくなったら、お前ひとりになってしまうじゃないか」
「あなたこそ、一人であちらへ行くのは心細くありませんか」
「無事向こうに着けば、先に着いているやつらがいくらでもいるさ」
「道に迷うかもしれませんよ。あなたは方向音痴なんですから。しーちゃんのナビ機能があったほうが安心です」
「しかし、燃やしてしまっては、ナビ機能も働かないだろう」
「こういうのは気持ちです」
夫と妻は互いに譲らない。膝枕のしーちゃんは左右揃えた膝を夫のほうへ向けたり、妻のほうへ向けたりして、行方を見守っていたが、答えは出ない。
そのまま、夫は息を引き取った。

2稿)
「しーちゃんは連れて行ってあげてください。元はと言えば、あなたのために、うちに来てもらったんですから」
「そういうわけにはいかない」と言うように夫は首を振った。その目が、「しーちゃんまでいなくなったら、お前ひとりになってしまうじゃないか」と訴えている。
「あなたこそ、一人であちらへ行くのは心細くありませんか」
再び夫は首を振り、それから写真立てが並ぶ棚の上に目をやった。夫や妻と記念写真に納った笑顔の友人たち。その多くは、すでに虹の橋を渡っている。「大丈夫。先に着いているやつらがいくらでもいるさ」と言うのである。
「道に迷うかもしれませんよ。あなたは方向音痴なんですから。しーちゃんのナビ機能があったほうが安心です」
夫は、やはり首を振る。妻は「こういうのは気持ちです」と食い下がる。
膝枕のしーちゃんは、夫の頭の下で左右揃えた膝を微妙に妻のほうへ向けたり、正面に戻したりして、行方を見守る。
答えの出ないまま、夫は息を引き取った。

しーちゃんが棺に納まる場面

自死や後追いを連想させる表現を省いた。淡々と描くことで、読み手、聴き手が情景と妻の心情に想いを馳せる余白を作った。

初稿)
しーちゃんを見ると、くいっ、くいっと膝を棺に向けている。
「しーちゃん、ついて行きたいの?」
膝をにじらせ、しーちゃんが棺に近づく。どこにそんな機能が残されていたのか、棺の壁にぶつかると、逆立ちをするような格好になり、棺の中に自ら身を投じた。
「しーちゃん!」
妻は思わず駆け寄り、取りすがったが、「ビー」と終了を告げるような音を立てると、しーちゃんは動かなくなった。しーちゃんは自分で自分を強制終了した。それが、しーちゃんの意思表示だった。

2稿)
すると、膝をにじらせ、しーちゃんが棺に近づいた。
「しーちゃん!」
どこにそんな機能が残されていたのか、棺の壁にぶつかると、逆立ちをするような格好になり、棺に納まった
「しーちゃん!」
妻は思わず駆け寄った。
「ビー」と終了を告げるような音を立てると、しーちゃんは動かなくなった。

電子部品だけになったしーちゃんと対面する場面

泣き崩れる妻を省き、客観的なしーちゃんの描写だけに。それに伴い、焼き場の人のセリフもなしに。電子部品だけになったしーちゃんを受け止める妻の気持ちを聴き手各自に想像してもらえたらと。

初稿)
小さな電子部品だけを残して、しーちゃんの白い膝は、跡形もなくなっていた。
「しーちゃん!」
妻は電子部品を拾い上げ、「しーちゃん」と泣き崩れた。
「こういうの、勝手に入れられると困るんですよ」
焼き場の人の声は、妻には聞こえなかった。

2稿)
小さな電子部品だけを残して、しーちゃんの白い膝は、跡形もなくなっていた。

妻が一人で家に帰った場面

「夫としーちゃんと三人で暮らしていた家が、急に広くなった」に至るまでの妻の心情を丁寧に。チャイムが鳴るまでの時間経過は読み手の「間」で作ってもらうことにし、正調「膝枕」オマージュの「休日の朝」の描写を省いた。朝を迎える前、その日のうちに届いたかもしれない。

初稿)
夫としーちゃんと三人で暮らしていた家が、急に広くなった。夫を亡くしたこと以上に、しーちゃんを亡くしたことがこたえた。やはり、しーちゃんを置いて行ってもらえば良かったと妻は悔やんだ。だが、夫について行ったのは、しーちゃんが選んだことなのだ。

休日の朝。独り身になり、その日の予定も特になくなった妻は、チャイムの音で目を覚ました。

2稿)
熱を帯びていた電子部品は、家に帰り着く頃には冷たくなっていた。
これで良かったのだと妻は自分に言い聞かせる。もし、しーちゃんを置いて行ってもらっていたら、申し訳ないことをしたと悔いが募っただろうから。

しーちゃんが代わりに決めてくれたのだ。
けれど。

夫としーちゃんと三人で暮らしていた家が、急に広くなった。

夫の枕元で聞き取った言葉。あれは「しーちゃんをよろしく頼む」だったのだろうか。「しーちゃんと」だったのではないか。それとも、「しーちゃん、よろしく頼む」だったかもしれない。

ャイムが鳴った。

配達員から受け取る場面

伝票の差出人に誰の名前が書かれているかを省き、しーちゃんなのか夫なのかを想像に任せることに。また、正調「膝枕」のオマージュの配達員に急かされるくだりを省いた。

初稿)
ドアを開けると、宅配便の配達員がダンボール箱を抱えて立っていた。
箱に貼られた伝票には「枕」と記されている。
「枕?」
注文した覚えのない品物だったが、差出人は知っている名前だった。
「しーちゃん!?」
「受け取ってもらって、いいっすか?」
配達員に急かされ、妻は「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕で受け止めると、お姫様だっこの格好で室内へ運び込んだ。

2稿)
ドアを開けると、宅配便の配達員がダンボール箱を抱えて立っていた。
箱に貼られた伝票には「枕」と記されている。
文した覚えのない品物だったが、差出人は知っている名前だった。
は「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕で受け止めると、お姫様だっこの格好で室内へ運び込んだ。

箱を開ける場面

膝枕にしーちゃんのデータが引っ越していることを記した。ここから逆算すると、伝票の差出人は夫の名前になっていたと想像できる。また、タイトルの「最後の贈りもの」を省いた。

初稿)
納品書を見ると、代金はポイントで支払われていた。通販でせっせと貯めたポイントを使って、しーちゃんは最後の贈りものを注文してくれていた。
「しーちゃん」
そっと頭を預けると、返事をするように、妻の頭の下で白い膝が小さく動いた。

2稿)
納品書を見ると、「データ移行完了」の文字が読めた。
代金は通販サイトで貯めたポイントで支払われていた。デジタル機器の操作に明るくない夫妻の代わりにネット通販での注文をこなしていたのは、しーちゃんだった。
答えの出ない夫婦のやりとりを見て、しーちゃんは考えたのだろう。
夫にも妻にも添い遂げることのできる方法を。
別れる前に鳴ったあの音は、引っ越しの合図だったのだ。

「しーちゃん?」
返事をするように、白い膝が小さく弾んだ

初稿と2稿の分量はどちらも約1800字で、ほぼ変わらない。

2稿が生まれるきっかけをくれた中原敦子さんに、まず読んでいただけたらと思います。その後のclubhouseでの朗読はご自由に。初稿とあわせて読んでいただくのも歓迎です。

今井雅子作「膝枕」外伝 「最後の贈りもの 2稿」

枕元に呼び寄せた妻に、夫はしわがれた声でひとこと、ふたこと告げた。苦しそうな息の合間に聞こえた切れ切れの言葉をつなげ、妻は復唱した。

「しーちゃんを……よろしく……頼む。ですか?」

夫は皺が深く刻まれた首を小さく上下させ、うなずいた。夫の頭の下で、枕も、うなずくように、かすかに動いた。

「しーちゃん」とは、白く細い脚で夫の頭を支えている膝枕の形をした枕のことである。20年前、新聞広告を見て、通信販売で取り寄せた品だ。結婚して以来、妻に膝枕されるのが夫の日課だったが、妻が膝を痛めて正座ができなくなり、代わりにと取り寄せたのだった。

子どものいない夫妻は、白い膝にちなんで「しーちゃん」と名前をつけ、娘のように可愛がった。

「お前も来なさい」

いつしか、ふたりでしーちゃんの膝に頭を預け、その日あったことや、遠い昔にあったことを語り合うのが夫婦の楽しみになった。

いつまでもこんな穏やかな日が続けばと願ったが、夫が病に伏せるようになった。自分が亡き後、しーちゃんを頼むと夫は託したのだった。

「しーちゃんは連れて行ってあげてください。元はと言えば、あなたのために、うちに来てもらったんですから」

「そういうわけにはいかない」と言うように夫は首を振った。その目が、「しーちゃんまでいなくなったら、お前ひとりになってしまうじゃないか」と訴えている。

「あなたこそ、一人であちらへ行くのは心細くありませんか」

再び夫は首を振り、友人たちとおさまった写真が並ぶ棚の上に目をやった。「大丈夫。先に着いているやつらがいくらでもいるさ」と言うのである。

「道に迷うかもしれませんよ。あなたは方向音痴なんですから。しーちゃんのナビ機能があったほうが安心です」

夫は、やはり首を振る。「こういうのは気持ちです」と妻は食い下がる。膝枕のしーちゃんは、夫の頭の下で左右揃えた膝を微妙に妻のほうへ向けたり、正面に戻したりして、行方を見守る。

答えの出ないまま、夫は息を引き取った。

棺にしーちゃんを入れるべきか、手元に置かせてもらうべきか。

形見だと思えば、置いておくのが正解だった。だが、夫を一人にして送り出すのはやはり申し訳ない気がした。しかし、まだ動けるしーちゃんを棺に入れるのは、残酷ではないだろうか。古代の王国で王の棺とともに埋められた生贄のようではないか。

すると、膝をにじらせ、しーちゃんが棺に近づいた。

「しーちゃん!」

どこにそんな機能が残されていたのか、棺の壁にぶつかると、逆立ちをするような格好になり、棺に納まった。

「しーちゃん!」

妻は思わず駆け寄った。「ビー」と終了を告げるような音を立てると、しーちゃんは動かなくなった。

お骨になった夫は、しーちゃんのように白かった。小さな電子部品だけを残して、しーちゃんの白い膝は、跡形もなくなっていた。

ほんのりと熱を帯びていた電子部品は、家に帰り着く頃には冷たくなっていた。
これで良かったのだと妻は自分に言い聞かせる。もし、しーちゃんを置いて行ってもらっていたら、申し訳ないことをしたと悔いが募っただろうから。

しーちゃんが代わりに決めてくれたのだ。
けれど。
夫としーちゃんと三人で暮らしていた家が、急に広くなった。

夫の枕元で聞き取った言葉。あれは「しーちゃんをよろしく頼む」だったのだろうか。「しーちゃんと」だったのではないか。それとも、「しーちゃん、よろしく頼む」だったかもしれない。

チャイムが鳴った。
ドアを開けると、宅配便の配達員がダンボール箱を抱えて立っていた。
箱に貼られた伝票には「枕」と記されている。
注文した覚えのない品物だったが、差出人は知っている名前だった。

妻は「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕で受け止めると、お姫様だっこの格好で室内へ運び込んだ。

はやる気持ちを抑え、爪でガムテープをはがす。カッターで傷をつけるようなことがあってはならない。箱を開けると、そこには、箱入り娘膝枕が納められていた。この家に迎えたあの日のような白い膝を揃えている。

納品書を見ると、「データ移行完了」の文字が読めた。代金は通販サイトで貯めたポイントで支払われていた。デジタル機器の操作に明るくない夫妻の代わりにネット通販での注文をこなしていたのは、しーちゃんだった。

答えの出ないやりとりを見て、しーちゃんは考えたのだろう。
夫にも妻にも添い遂げることのできる方法を。
別れる前に鳴ったあの音は、引っ越しの合図だったのだ。

「しーちゃん?」

返事をするように、白い膝が小さく弾んだ。

clubhouse朗読をreplayで

2023.6.5 鈴蘭さん

2023.6.5 中原敦子さん

2023.6.8 関成孝さん

2023.6.9 鈴木順子さん

2023.6.10 福岡敦子さん(ルームを吹き飛ばし、2回目)

2023.6.13 中原敦子さん(2稿膝開き)

2023.6.14 関成孝さん(本文とともに)

2023.6.19 鈴木順子さん(加筆の経緯とともに)

2023.6.27 関成孝さんが6.14に朗読したした追筆原稿をnoteに公開

2023.7.13 ひろさん

2024.3.2 わくにさん×おもにゃん(おふろも沸きました)

2024.4.16 中原敦子さん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。