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混ぜるな危険─熱量10割の男・新島「タワシと一緒にするなんて失礼です!」の巻

お預けを食らい続けたあの人が


2024年5月31日の膝枕リレー3周年に合わせて新作外伝を出そうと思いつつ、はや1週間と1日経ってしまった。noteの下書きに眠っている外伝は数十本。いちばん出口に近そうな「熱量10割の男・新島」新作を仕上げることに。

「熱量10割の男・新島」シリーズは、2021年5月31日から朗読と二次創作のリレー(通称「膝枕リレー」)が続いている短編小説「膝枕」の派生作品。

「膝枕」派生シリーズ、サトウ純子さんの「占い師が観た膝枕」に登場する「熱量7割の男」とあわせてどうぞ。

さらに今回は膝枕外伝「ナビコ」シリーズの外伝にもなっている。膝枕カンパニーのコールセンターに電話をかけてくる「客」は、膝枕ナビコにお預けを食らい続けている、あの人。

ナビコにあの手この手ではぐらかされて715日、ついに返品交換の電話をすることになったナビ主。その少し前、「タケシはほぼタワシです」事件があった。

N「ナビ搭載膝枕ナビコにお預けを食らい続けて1年3か月と222日目の休日の朝。独り身で恋人もなく打ち込める趣味もないナビ主は、珍しく、その日の予定があった」

1年(365日)+3か月(約90日)+222日=677日前後。そこからひと月ほど悶々とした挙げ句、ついにナビ主は保証書に小さく書かれた膝枕カンパニーの電話番号にかける。よりによって、その電話を取ったのが、熱量10割の男・新島だった。

新島は新島で、タワシに因縁があった。誤発注のタワシ膝枕が届いた購入者からのクレーム電話を涙の感動ストーリーに変身させ、社長から「立板に膝。口八丁手八丁膝八丁」とほめられている。

そんなナビ主と新島には、タワシ以上の共通点があった……というお話。

今井雅子作「膝枕」外伝 熱量10割の男・新島「タワシと一緒にするなんて失礼です!」の巻

N「休日の朝、独り身で恋人もなく、打ち込める膝だけはある熱量10割の新島は、いつものように出社した」

新島「お電話ありがとうございます。膝枕カンパニー、カスタマーセンターの新島です!」
客(電話)「あのー。返品交換をお願いしたいんですけど」
新島「返品交換でございますか? ただいまお調べいたします。ご注文番号はおわかりになりますか?」
客(電話)「13715の461の1322の13715です」
新島「13715の461の1322ですね。(ブツブツ)ひ・ざ・ナ・ビ・コ・し・ろ・い・ひ・ざ・ツン・ツン。確認できました。ご購入ありがとうございます。こちら、ナビ搭載膝枕の第一世代、型番13715、ナビコシリーズでございますね」
客(電話)「そうです。ナビコです」
新島「お買い上げの膝枕に何か不具合でもございますか?」
客(電話)「本来の機能が使えなくて困っています」
新島「本来の機能と申しますと、ナビ機能でございますね?」
客(電話)「いえ、膝枕です」
新島「そういうお考えもございますね」
客(電話)「そういう考えって……。ナビ搭載膝枕なんだから、膝枕でしょう」
新島「ナビ搭載膝枕は、あくまでナビでございます。膝枕はオマケといいますか、食事の後のデザートのようなものでして……がしかし、お客様のお考えを新島は尊重いたします」
客(電話)「僕個人の考えじゃなくてですね……」
新島「(遮り)ご購入から715日経っておりますが、不具合の症状が出たのはいつからでございますか?」
客(電話)「最初からです」
新島「なるほど。ご購入期間イコール膝枕させてもらえない歴というわけですね」
客(電話)「あの手この手ではぐらかされて」
新島「ププッ。失礼しました。お客様、膝枕に手はございません。それを言うなら、あの膝この膝ではぐらかされて、でございますね」
客(電話)「あの膝この膝ではぐらかされて……あれ? なんか、このはぐらかされ方、デジャブを覚えるんですが、もしかして、ナビコちゃんの思考回路のモデルって……」
新島「(遮り)不具合を感じていらっしゃるのは、ナビ機能の付帯機能である膝枕機能だけでございますよね?」
客(電話)「まあ、そうなりますね。膝枕させてもらえたら満足です」
新島「ご満足いただけていないのは膝だけ。つまり、お客様は体目当てでいらっしゃいますね?」
客(電話)「その言い方なんとかなりませんか」
新島「お客様が不具合だとおっしゃっている『はぐらかし』の症状ですが、正しくは、個性でございます」
客(電話)「個性?」
新島「わが膝枕カンパニーが手がける膝枕には個性がございます。知性がございますから、個体差がございます。お客様、座布団に拒絶されたこと、ございますか?」
客(電話)「ありません」
新島「ですよね? 座布団は何も考えていません。ですから、どんな臭い頭でも何も考えずに受け止めてしまうのです」
客(電話)「人の頭を臭いって決めつけないでください」
新島「(スルーして)二流三流の膝枕でしたら、浅はかに膝を許すかもしれませんが、わが膝枕カンパニーの膝枕は嘘偽りのない純正品ですから、品性があります。知性があります。そこらの何も考えていないボケーッとした若者より、よっぽど頭を使っています」
客(電話)「ププッ。さっきの仕返しじゃないですけど、膝枕に頭、ないですよね?」
新島「失礼ですねお客様。膝頭がございます」
客(電話)「今、『失礼ですがお客様』のイントネーションで『失礼ですねお客様』って言いましたね?」
新島「膝枕の頭、つまり膝頭に人工知能を埋め込んでおります」
客(電話)「ほんとに膝が頭なんですね。それはわかりました。じゃあ、その膝頭の人工知能で学習して欲しいんです。こちらのニーズを。タワシがゴシゴシを拒否しますか?」
新島「失礼ですねお客様。いまタワシとおっしゃいましたか?」
客(電話)「タワシの何が失礼なんですか?」
新島「タワシと膝枕を一緒にするのは失礼です!」
客(電話)「一緒にはしてませんけど」
新島「タワシと膝枕は混ぜるな危険です!」
客(電話)「混ぜてません。なんでタワシでそんなに熱くなるんですか? タワシに恨みでもあるんですか?」
新島「タワシがゴシゴシを拒否しないのは、タワシに知性がないからです! だからお客様のキッチンの頑固なギトギト汚れも文句言わずにゴシゴシするんです!」
客(電話)「失礼なのはそちらですよ」
新島「(スルーして)座布団もタワシも知性がないんです。それともお客様、タワシのニョキニョキの一本一本がシナプスとでもおっしゃるんですか? ププッ、違います。あれは、シュロの木の毛です」
客(電話)「何も言ってませんけど」
新島「失礼ですが、お客様はタワケでいらっしゃいますね」
客(電話)「客に向かってタワケって失礼すぎませんか?」
新島「先にタワハラを仕掛けたのはお客様です」
客(電話)「タワハラってなんですか?」
新島「タワシ・ハラスメントに決まってます」
客(電話)「それはなんとなく予想つきましたけど、なんでタワシがハラスメントになるんですか?」
新島「タワシと膝枕を一緒に語ることはハラスメントです!」
客(電話)「ちょっとよくわかんないですけど、そう言えば、うちのナビコもやたらタワシに食いつくんです。タワシと膝枕って何かあるんですか?」
新島「だからタワシと膝枕を混ぜるなと言ってるだろーっ!」
客(電話)「落ち着いてください」
新島「失礼しました。とにかく、わが社の膝枕には知性がありますから、何も考えずに膝を貸すような愚かな真似はいたしません。欲望を満たすだけでしたら、どうぞ他の膝軽ひざがる膝枕でやってください」
客(電話)膝軽ひざがる膝枕……」
新島「それでもどうしてもとおっしゃるなら、返品を受け付けますが、他の膝枕ナビコとの交換はできません。膝枕ナビコは偶然生まれた奇跡の膝枕でして、販売を終了しております」
客(電話)「そうなんですか? 奇跡の膝枕ってどういうことですか?」
新島「お客様、膝枕ナビコのはぐらかしは個性であると先ほど申し上げましたが、研究者の予想を超えて、知性が異様に発達しております。言うなれば、頭の回転が桁違いに速いということです。お客様に突っ込まれる前に潰しておきますが、この場合の頭というのは、膝頭に搭載された人工知能のことです」
客(電話)「相談員さんも相当回転速いですよね」
新島「(スルーして)はぐらかしは知性と知性のぶつかり稽古。人情のあやが織りなす言葉のくんず解れず。ボケとツッコミの瞬発力も必要です。とくに膝枕ナビコは、人工知能にはまだ不可能と言われている天然ボケを備えています」
客(電話)「天然ボケ。確かに。無茶苦茶ボケますよね」
新島「そこが膝枕ナビコが奇跡の膝枕である所以ゆえんです。まだ文春は気付いてませんが、ナサが嗅ぎつけました」
客(電話)「NASA! すごいじゃないですか! ナビコを宇宙開発に活用できるってことですか?」
新島「(スルーして)膝枕ナビコの販売台数は130台。お客様は世界にたった130台しかない奇跡の膝枕の持ち主でいらっしゃいます。すでに購入して715日ということで保証期間の2年を過ぎてはおりますが、下取りさせていただくことは可能です。また、多少クセは弱くなりますが、ナビ搭載膝枕のナビコ以外のシリーズでしたら、幅広いラインナップを取り揃えております。いかがなさいますか?」
客(電話)「結構です。返品はしません」
新島「よろしいんですか」
客(電話)「絶対に返品しません。するわけないじゃないですか。ナビコがそんなにすごいヤツだなんて知らなくて。失礼なこと色々言ってしまってすみません」
新島「いえいえ、わたくしも失礼があったかもしれません。またいつでもお電話ください。わたくし新島がお答えいたします!」

電話を切る。

新島「(安堵のため息)」
社長「(拍手)いやー。新島君、お見事お見事」
新島「社長、聞いていらっしゃったんですか」
社長「ほんと怖いよね生成AIの暴走。ほんとだったら自主回収レベルの致命的なバグだよ。それを『奇跡の膝枕』とは、ものは言いようだねえ。いつもながらの立板に膝。口八丁手八丁膝八丁。でも、NASAまで出しちゃって大丈夫?」
新島「ナサは、うちの母の名前です」
社長「あーお母様。じゃあ、騙してないね」
新島「はい。新島、嘘はつきません」
社長「ニ〜島君」
新島「はい!」
社長「ニ〜〜〜〜島君」
新島「はい!」
社長「ニ〜〜〜〜島ヒザオ君」
新島「はい!」
社長「今日も臨時ボーナスを出そう。社員販売10%引きのところ13%引き、いや、22%引き。どれでも好きな膝枕買っていいよ」
新島「社長、それより早退させてください!」
社長「どうしたの新島君?」
新島「私だけじゃなかったんです」
社長「え?」
新島「ナビ搭載膝枕第一世代、型番13715、ナビコシリーズ。お預けを食らい続けて715日。もう待ちきれません。今日こそ膝枕してもらいます! ナビニャーン」

N「熱量10割の男・新島ヒサオ。お預け記録はいまだ破られておらず、更新中である」



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